とりあえず身の回りで何が重要かと聞かれると「香り」と答える。今、食べたいモノは何か、を考える時は、食べたい香りを考える。ぼくにとっては食事もお酒も、味より「香り」が大切だ。体臭はどんな香りを食べたかで変ってくる。デザートに、シトラス、ミント、シナモン、ヴァニラなどのスパイスやハーブをたくさん使うのは、メインディッシュの肉の血の匂いを追いやるためだと思う。デザートのスパイスの香りは、たぶんベッドに入る頃に効いてくると思うので、アレな時はデザートを食べておいたほうがいい。もしくは食後酒を飲んでおくとか。まあ、汗をかかない人とか、獣の匂いが好きな人は別ですが。そんなこと前にも書いたような記憶があるけど。

ドイツのManufactumではル・ネ・デュ・ヴァンを売っていた。ワインの世界では香りを言語化しようと頑張っている。香りを翻訳するエスペラントをつくりあげようとしているんだろう。ぼくは特に嗅覚がするどいわけではないけど、香りの記憶力に自分でもたまに驚くことがある。というか、自分が特別なのではなくて、たぶんみんな同じ。香りで記憶が蘇ったり、懐かしさを感じることは誰にでもあることだから。

子どもの頃、喘息の治療で点滴を打ってしばらく経つと、ベッドのまわりにクスリの匂いがするようになることに気づいた。ネオフィリンという名前のクスリだった。でも、周囲の人にそれを尋ねても「何も変わった匂いはしない」と言われ、医者は「幻覚だ」と言う。あれは体中の血管を巡る香りを、自分だけが感じていたのだ。それは嗅覚で感じていたわけではない。いったいカラダのどこが、香りを感じていたのだろう。それがスゴく不思議だった。耳をしっかり塞いでも、カラダの中で響いている音楽みたいな感じ。時々、あの点滴の匂いが夢に出る。香りには、場の雰囲気を変え、記憶を遡り、心を変化させる力がある。中学生の頃に日本の調香師が書いた本を読んで、主な香りの種類や、どうやって香料を抽出するかとか、香水のつくり方を知った。本の名前は忘れてしまったけどね。スパイスって何なのかも、その時始めて知った。