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良い家 [生活雑感]

ずっと仕事していました。寝てる時、以外は。

数週間前、家についての言葉を探すために、たくさんの家を見ようと思い、ぼくは近所でいちばん高い場所に上り、午後の陽に照らされる甍の波を見つめていた。それでも物足りなくて、もっと高いところを目指し、熊野神社の境内を抜けて高層ビルのホテルのラウンジにたどり着き、小さな家がモザイクのように、寄せ合い並んでいる光景を眺めていた。

良い家とは何か。そんなことをずっと考えていたら、釣瓶落としの秋の陽は西の向こうの山陰に急ぎ、薄暗くぼやける街並の、小さな家の窓の一つひとつにあかりが灯りはじめた。そのあかりの下にある人生や思索、孤独、愛する気持ち、笑い、泣く、そんないろいろな場面が言葉を超えて溢れ出して、ぼくは完全な思考停止に陥る。良い家とは、ここから見えるすべての家のことだ。家はどれも隔てなく良いものなのだ。ぼくの記憶は一足飛びに、子どもの頃の最初の戸建て住宅の冬の夕暮れに遡った。両親が建てた木造の平家だった。ストーブに火が入り、その上にかけた鍋で何かを炊いている。父の帰りを待っている。本当に良い家とは何か。そんな問に正解はないと思うだろうが、答えは誰もが知っているのだと思う。

やがて秋の空はわずかに残る陽光の最後の一滴が消えて、星がまたたき、町に夜が訪れる。

最近、ぼくはまた原稿用紙に原稿を書くようになった。原稿用紙があれば、どこでも文章を書くことができる。電車の中でも書けるし、モーニングサービスの喫茶店でも書ける。そんな当たり前なことを忘れていたのだった。そして、原稿用紙に原稿を書くために、毎日鉛筆を削るようになった。ぼくは筆圧が高いので普通より一回り太い鉛筆を使っている。それを3本と赤鉛筆を1本、ペンケースに入れて持ち歩く。原稿用紙に書くようになったのは、コピーライターの日暮真三さんの仕事に倣ったためだ。ぼくはすぐに人の影響を受けてしまう。原稿用紙の升目に文字を書き込むのは、心と手がダイレクトにつながっているようで気持ちが良い。頭の中の言葉がそのまま手の動きになる。キーボードをタイピングするのとはまったく違う感覚だ。今はそれが楽しくて仕方ない。

こんな記事を書くことはもう二度とないだろうと思う取材がたまにある。例えば、ぼくは住宅の外断熱についての原稿をつくるため1カ月くらい前にいろんな資料に当たっていた。自販機の転倒防止アンカーと耐震性能について。木製サッシュの気密断熱性能について。こんな記事を書くたびに、一生で一度の仕事だろうと思っていた。他にも同じような感覚で書いていた原稿がいくつもあった。でも不思議なことに、二度と資料を開くことはないだろうと思っていたいくつかの仕事が、再び、しかも一つにまとまる仕事が舞い込んできたりする。ああ、あの取材は、今の仕事のためにあったのだと思う、そんな偶然が重なり、これまで経験してきたさまざまな仕事を振り返ってみても、意外にムダなものがなく、こう言っちゃなんだけど自分の仕事はホントに歩留まりが良いと思った。ラッキーなのだろうか。つまり教訓としては、仕事は取材内容で選んじゃいけないということだ。そんなの当たり前だろう、とぼくの中の自分に言われた。こんな当然のことに今さら気づき、間もなく秋も終わろうとしている。



阿部雅世さんと原研哉さんの対談集が平凡社から発売になりました。

帯には「感覚の世界地図を広げよう。」

1ページに1個所は「うんうん」と思わず頷くところがある本。二人の会話はぼくたちの堕落した日々の塵に埋もれた、まっとうな視点を発掘してくれて、しかも磨いてくれるという感動の一冊です。阿部さんの言葉は誰のモノでもなく、貸し借りできる言葉じゃなくて、阿部さん自身のモノなので、力強く本当に心が打たれます。原さんも、口うるさいデザイナーがいなくなった昨今、ちゃんと発言するデザイナーの存在は貴重なのだと思いました。これはデザインの話ではなく、ぼくたちが生きる世界の話です。書店で見かけたら手にとってみてください。


なぜデザインなのか。

なぜデザインなのか。

  • 作者: 原 研哉/阿部 雅世
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2007/10/02
  • メディア: ハードカバー


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