窓を開けると数日前まで風はキンモクセイの香りがしていたのに、最近はどちらかと言うと鉱物的な匂いに変わってしまった。9月の半ば、ネコの公園の近くに小さなピンクと黄色の花が咲いていて、夕方になるととても良い匂いがしていた。そんな話をガールフレンドにしていたら、家の近所の生け垣の灌木に同じ花を見つけた。やれやれ、この花の名前を知らないの。男の人は花の名前をぜんぜん知らない。男は花のボキャブラリーの貧しい世界で生きていている。でも、ぼくは虫の名前はたくさん知っている。でもでも、花は人に喜びを与え、時には心を穏やかにするけど、虫は不快にさせる場合が多い。うん、確かにその通りだ。正直なところ、なぜかぼくは、花の名前を覚えられないんだ。子どもの頃から10くらいしか知らなかった。それにぼくが育った北海道と東京では咲く花の種類も違う。
その花の名前はオシロイバナだと教えられた、別名は夕化粧。英語ではFour o'clock。夕方に咲き、口吻の長いスズメガやスカシバが蜜を吸いにくる。
こんな長閑な町だけど、数年後には60階建ての複合ビルを中心とした再開発事業が始まる予定だ。完成は平成25年だと言っていた。実はこの再開発の説明会が近くのビルの会議室で行われて、ぼくも近隣住民の一人として聞きに行った。ぼくの場合は興味半分だが、この町に長年住んでいる人にとっては失われるものは少なくない。
西新宿5丁目界隈は老朽化した木造建築が多く、路地が狭いので救急車両が入れないなど、防災上でいろいろと不都合がある。再開発事業では60階の超高層ビルも建てるけど、公開空地を広くとって植樹して、十二社の森をつくり神田川沿いの遊歩道もキレイになるらしい。しかし、せいぜい5階建ての建物の町で暮らしていた近隣住民にとって、いきなり60階のビルは日常の視界を超える大きさで、圧迫感もあるだろう。と思っていたら、お約束の質問が。「なぜ60階の高さが必要なのか」。それに対する答え。再開発にはお金がかかる。その投下資金を回収するためには60階分の床面積が必要になる。はい、ご説ごもっともだが、これは西新宿5丁目だけじゃなくて、都内の他の地域の超高層ビル再開発でも同じ説明をしているんだろうな。
お金がかかる。それを回収する必要がある。そのために売れる床面積を増やす。土地の高度利用。超高層しかない。間違いはないけど、同じようなアイデアは気が利いた中学生ならひねり出せそうだ。再開発のコーディネーターやディベロッパーには最高学府卒業者も大勢いるのだろうし、中学生には出せないような優秀な大人の再開発提案を、都内で、どこか一つくらい出してくれてもいいのにと思う。だって、みーんな超高層じゃないか。なぜ知恵を使わないんだろう。何か他の方法はないのかとマジメに考えているのだろうか。いろいろ考えた結果、もう最後に答えは超高層ビルしかありませんでした。というなら、まだ共感が得られると思うけど、最初から簡単に超高層、ウチは隣の再開発より5階分デカいビルを建てますから、これじゃあ高層ビルマニア以外の理解を得られないだろうな。そろそろ超高層以外の解決方法を考えようよ。それとも本当に超高層しか方法はないんだろうか。
日本はどうして、行動に移す時に突然“簡単”になってしまうのだろう。今はIKEAの日本再進出一号店が建っている場所に、「ららぽーとスキードームSSAWS(ザウス)」という屋内スキー施設があった。まだ覚えている人はまだ多いと思う。完成したばかりのザウスを見て、ぼくは昔、映画で見たギロンという怪獣を思い出していた。ギロンは大映のガメラ映画に出てきた宇宙怪獣(大悪獣)で、この怪獣は全身がガメラを倒すためだけの凶悪な武器で武装されている。ガメラがピンチだ。でも、ぼくは子どもながらに、ギロンの日常生活が気になった。ガメラと闘っていない時のギロンは何をやっているんだろう。なぜならギロンはガメラに出合わなかったら、体中に仕込まれた“ガメラを倒すためだけの武器”にはまったく意味がなく、生きていくには邪魔なだけだから。ガメラなしではツブしのきかない意味のない怪獣なのだ。しかも最期は、落語のオチのような情けない爆死で、子どもながらに「ダメだこりゃ」とつぶやいたものだ。
夏でもスキーを楽しむにはどうすれば良いか。大きな冷蔵庫を造れば中の雪が融けない。それを傾ければスキー場になる。これで夏でもスキーができる。そんな荒唐無稽な“バカ”な妄想は5歳のちびっこにでもできるだろう。お金を湯水のように使えば造れないことはない。でもさ、そんなバカなものは造らないで、何か工夫をして夏でもスキーを楽しむ他の方法を考えるのが大人だろう。それ以前に、自分の息子が正月に「スイカ食いたい」ってダダこねても「バカなこと言うな」って相手にしないと思うんだ。「ザウス」は大の大人がそれをやっちゃったんだよ。一応、設計施工した鹿島建設って東京大学出身の建築士が多いゼネコンだ。東大出て、電力無駄遣いしてデカイ冷蔵庫傾けてスキー場。どういう簡単なアタマしてるんだ。できた建造物はおよそスキー場以外には使えないツブしのきかない建物。実際スキーが下火になったら、他に使い道がなかったわけだ。デカイ建物なのに床は傾いていて冷えるだけなんだから。大規模流しそうめん会場くらいにしかならないだろう。夏にスキーをやらせようなんてバカなことを考えて、あの無駄遣いに対して、誰か責任取ったのかな。あの企画に関わった人って、今頃、鹿島建設の役員になってたりするんだろうな。で、クライアントに地球環境云々とか言ってるのだろうか。
あれは日本の象徴だったと思う。残しておくべきだったね、あのまま朽ちるまで。
批判しやすいものを偉そうに批判する自分も、批判されるバカ同類のバカだよなと思ったりする。最初の企画ではスパイラル状の立体ゲレンデだったと思うので、初めの頃はアタマ使っていたんだな(もともと10年の時限建造物だったらしい)。
バブルの肖像
- 作者: 都築 響一
- 出版社/メーカー: アスペクト
- 発売日: 2006/08/09
- メディア: 単行本
ガメラ対大悪獣ギロン
- 出版社/メーカー: 角川エンタテインメント
- 発売日: 2007/10/26
- メディア: DVD