静寂のオーディトリアム。ネックに頬を近づけて弦を小さく弾く。演奏家は目を閉じて何かを確かめている。調弦というより、眠る子どもの様子を窺う父のようだ。やがて目覚めた子どもの無尽蔵のエネルギーをぐっと抑え込み、ドビュッシーのソナタが暗譜で奏でられる。これがガブリエル・リプキンのリサイタルの幕開けだった。小鳥の吐息さえ表現できる繊細な高音域と、波音のように表情豊かな低音。聴衆は否応なしに、彼と彼が抱える300歳の子ども(楽器はAntonio Garani、1702年ボローニャ)がつくる、エコーの庭園に心を解き放つことになる。

ガブリエル・リプキンは“恐るべき才能”と日本に紹介され、海外の評価は高いが、日本でその才能を知る手がかりは「MINIATURES & FOLKLORE」と「バッハ無伴奏チェロ組曲」の2組のCDだけだった。もちろん、このCDだけでも彼が特別であることは分かる。その未知の才能が、ついに今年初来日し、金沢と東京でリサイタルを行った。リプキンは現在29歳。だが演奏歴はその人生の半分以上を占める。