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さよならクリス・ベノイ [その他]

部屋に戻ると23時だった。

Tシャツに着替えてお茶を入れてから、1時間くらい原稿を書こうと思いデスクに向かう、帰りの電車が予想外に混んでいて、それだけでなんだか疲れてしまった。PCのスイッチを押して熱い茎茶を飲む。ふと、今日は帰りに神社に行こうとしていたことを思い出した。いや、本当にそんなことを考えていたかどうかも怪しい。今、不意に閃いただけかも知れない。でもなぜそんなことを思ったのだろう。夢に出てきたのだろうか。それとも朝、何かの占いで神社とか教会に行きましょう、とあるのを読んで、それを忘れているだけなんだろうか。時計を見ると今日はまだ40分くらい残っている。それで、原稿を書くのは止めて夜の散歩に出ることにした。とりあえず十二社池の下の熊野神社に向かう。本当は成子天神がこの地区の鎮守様なのだと思うけど、前は西新宿に住んでいたので熊野神社に馴染みがある。こちらのほうが近いし。


六月晦日の夏越の祓、境内に茅の輪があったので、せっかくなので一人で8字を描くようにくぐっては回ってみる。それからお参りをして神籤を引く。久しぶりの大吉。でもそれだけ。空を見上げると満月だった。今月は満月で始まり満月で終わる。なぜここに来たかったのか、理由が分からないけど、今日中に来ないといけないような気がしていて、まあ、それが果たせて良かった。

熊野神社で思い出したこと。
「三千世界のからすを殺し、主(ぬし)と朝寝がしてみたい」と都々逸を唄ったのは高杉晋作だと言われている。この文句は映画「幕末太陽傳」のいろんな場面で使われている。ちなみに高杉役は石原裕次郎だ。いろんなサイトを見ると、この都々逸の文句の解釈が間違っていると思われるものが多くてスゴく気になる。その間違いをそのまま引用しちゃってる人もいて痛々しい。世界中のカラスを殲滅して二人っきりで朝まで寝ていたいという無粋な唄ではない(と思う)。“主”は女性が懇ろの男性を呼ぶ言葉だから、まず、これは男が女性に語っているのではなく、たぶん遊女が客に語る文句だ。高杉は遊女の気持ちを唄ったのだと思う。男女が熊野牛王の料紙で誓紙を書くと、熊野神社の神の使いのカラスが一羽(三羽?)落ちて死ぬという言い伝えがある。誓紙は永遠の愛を誓う起請文のこと。遊女は熊野の料紙で契りを結ぶというのが手練手管の一つだった。そのほとんどは客をつなぎとめるための手管だったわけ。

熊野では今日も落ちたと埋めてやり

という川柳もある。
吉原の遊女は通常は遊客を卯の刻(午前6時)には送り出さなければならなかった。これを朝帰りという。この言葉は今でも使われているけど、本当の“朝帰り”は一晩飲み明かして帰宅することではなく、遊女のもとから帰る場合に使った。普通は朝寝はできなかったわけ。そのまま“居続け”という大尽遊びもあるが、“主”と朝寝するには遊女と客の関係じゃなく、普通の女と男の関係になるしかない。でも年季奉公が明けるまで遊女には厳重に拘束されるため、自由になるには大金持ちに身請けしてもらうか駆け落ちするしかなかった。この都々逸では、不自由な身上を嘆き恨み、手管の起請文ではなく「三千世界のカラスを殺すくらいの誓いを立てたい」と男に語る唄だと思う。最後の解釈はかなり怪しいけど、カラスを殺すというのは、男女の契りの象徴というのは正しいはず。もちろんこの文句も遊女の手管かも知れない。もっとも男はそれも承知の上だ。

遊里ではいくら身分が高くてもどれだけ金があっても、野暮で無粋だと遊んでもらえなかったのだ。そのかわり粋な男は、浮き世の士農工商の身分を超えることができた。身分制度で縛られた封建社会のガス抜きの意味もあったのだと思う。こうして遊女も客も粋と教養を競い合っていたわけ。花魁は厚化粧というイメージがあるが、吉野太夫はほぼ“すっぴん”だったはずだ。それが吉原一の遊女の意生地でもあった。もっとも当時は化粧は身分が高い者の妻がするものだったので、単純にそれが粋だったとは言い切れないのだけど。

この誓紙は男女の仲だけじゃなくて、男同士の関係にも使われていたので、江戸元禄の頃の読み物で男同士の話に熊野のカラスが死ぬとか落ちるとか出てきた場合は、言葉通り読み込むのではなく、そういう一筋縄ではいかない解釈が必要になる。まあ、恋人同士というわけだ。でも口語訳ではそう訳されていない例もあるけど、あえて触れないようにしているのだろうか。いずれにしても、カラスは不吉の象徴なのでそれを全部殺して安らかな気持ちでキミと朝まで……なんて読解は、読み込みが浅過ぎはしないだろうか。カラスは神様の使いでもあるわけだから。今も熊野のカラスはたくさん死んでるんだろうな。

帰り道、まとわりつくような湿度が足を重くする。それでも夜になって少しは涼しくなっただろうか。散歩の帰りにビールを一杯だけ飲もうと思う。できれば外で飲みたい。中央公園の脇にあるカフェレストランに立ち寄ろうとしたが、家の冷蔵庫でBECK'Sの缶ビールが冷えているのを思い出した。つまみを買って家のベランダで飲もう。24時間営業の総菜屋に立ち寄り餃子とポテトサラダを買って帰宅する。しかし、冷蔵庫を開けると残念ながらビールは一本も残っていなかった。2ダースの新しい箱を開けて、中から10本取り出して冷蔵庫に入れる。一本はすぐに飲みたかったので冷凍庫で冷やす。玄関にネコが2匹訪ねてきていたのを思い出し、カツオの缶詰を皿に開け、水を入れたボウルと一緒に持っていく。ネコは4匹に増えていた。缶詰をもう一つ開ける。空を見上げると月は雲に隠れていた。


あるニュースを読んで、約20年前の、こんな夜の散歩に見た光景がくっきりと蘇った。

その頃ぼくは西新宿6丁目にある雑誌社で仕事をしていた。ある日、遅くまで仕事をしていて、気分転換に散歩に出かけた時だ。そうだ、あの時は成子天神まで行こうとしていたんだ。昔の畦道をそのまま道路にしたみたいな柏木の外れの裏道を、鼻歌を歌いながら一人で歩いていた。その裏道沿いに蛍光灯が明るく灯る建物があって、それは小さなコインランドリーだった。新日本プロレスの練習生クリス・ベノイ(当時はそう呼ばれていた)は一人でそのコインランドリーの縁台に座っていた。きっと先輩レスラーの洗濯物を、練習生だった彼が洗濯していたのだろう。京王プラザは新日本プロレスの定宿で、そこがホテルからいちばん近いコインランドリーだったのだと思う。彼は思ったより小柄だったが、体の厚みは普通の人とは違っていた。ぼくは「がんばってください」とか、ありきたりの言葉を掛けようと思ったけど、横顔があまりに寂しげなのに怯んでしまい、そのまま通り過ぎてしまった。寂しいというより眠かったのかも知れない。真夜中に怪しげな通行人に声を掛けられるのも不気味なものだろう。

彼がペガサスキッドという名前で人気レスラーになるのは、それからどれくらい経った頃だったのだろう。その後、本名でアメリカECW、WCWを転戦して最高峰のWWF/WWEに辿り着き、世界ヘビー級王者にも輝いてトップレスラーの一人になる。洗濯係から世界のトップレスラーだ。彼は、西新宿の外れにの小さなコインランドリーのことを思い出すことはあったのだろうか。人気プロレスラー、クリス・ベンワーが自殺してしまった。ぼくは一度だけ素の彼を見たことがあった。ご冥福をお祈りします。

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コメント 2

seedsbook

こんにちは、昔何度かコメントを入れさせていただいたSeedsbookです。
今日は西新宿と言う地名と写真につられてコメントを落としてゆくことに決めました。
私は20年ほど前にはその辺りに住んでおりましたから。。。
熊野神社、去年機構した折でむきました。やはり茅の輪くぐりをしましたっけ。。。
by seedsbook (2007-07-10 15:00) 

hsba

seedsbookさん、こんにちは。
ということは十二社の辺りに住んでいたんですね。しかもまだ都庁ができる前。ぼくが暮らしていたのは4年前です。昔、ボーリング場がありましたよね。十二社の熊野神社は今でも散歩でよく立ち寄りますよ。
by hsba (2007-07-12 00:19) 

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