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オペラ「魔笛」/シュツットガルト州立歌劇場 [美術/音楽/映画]

話が前後してしまうけど、東京から友人がシュツットガルトに来て2日目の夜、「シュツットガルト州立歌劇場 Staatsoper Stuttgart」に、天才ペーター・コンヴィチュニィ Peter Konwitschnyが演出するオペラ「魔笛 Die Zauberflöte」を観に行った。2006年2月に東京・渋谷の「Bunkamura オーチャードホール」で公演されるのと同じ演目だ。フォワイエには日本から来たプレスの姿もあった。日本公演PRのための取材だろうか。あとでBunkamuraのウェブサイトを開いてみるとチケットはほとんど売り切れだった。http://www.bunkamura.co.jp/orchard/event/stuttgart/
「シュツットガルト州立歌劇場」の日本での知名度はあまり高くないと思う。でも、ヨーロッパでは注目のオペラハウスの一つなのだ。ドイツ語圏のオペラ専門誌「オーパンヴェルト Opernwelt」で「シュツットガルト州立歌劇場」は、94、98〜00、02年の「最優秀歌劇場」に選ばれている。この雑誌の賞はなかなか権威があるものらしく、今年は「最優秀上演」で、同歌劇場の「ドクトル・ファウスト Doktor Faust」が選ばれ、「最優秀オペラ合唱団」はシュトゥットガルト州立歌劇場合唱団が常連で、今年も受賞している。シュツットガルトに来てすぐに、北ドイツ在住のジャーナリストの方から「シュツットガルト州立歌劇場の演出はウィーンやロンドンなんかよりもはるかに面白い」というメールをいただいたこともあった。そんなわけで、オペラは片手で数えるくらいしか観ていないぼくでも、なんだか期待ができそうな予感。

しばらくフォワイエのバーでロゼのゼクトを飲んで開演を待つ。

開演時間に合わせ客席係の案内で席に着くと、すぐに序曲が始まった。音楽監督と指揮はローター・ツァグロゼク Lothar Zagrosek。幕が開く前からステージの左隅に丸めて置かれた絨毯が気になるのだが、なんと、これが大蛇だった。さらに最初に登場する夜の女王の三人の侍女は航空会社のキャビンアテンダントの制服を着ていた。夜の女王は後方のテーブルでワインを飲んでいて、東洋の王子タミーノは80年代風のホワイトジーンズだし、パパゲーノにいたっては、黄色いTシャツに眼鏡をかけた冴えない学生の風情。三人の侍女がアリアを唄う場面では、搭乗後に機内でキャビンアテンダントが「非常用の出口は後方に2カ所……」と説明する時のお馴染みのポーズ。ドイツ語の歌詞が分かれば、なぜCAのユニフォームで、なぜあのポーズなのか分かるのだろうが、こちらはドイツ語はまったく分からないのでしばらくの間は唖然としてしまった。ついでに書くとお姫さまパミーナはへそ出しの黒いTシャツ。ちなみに女性のキャストはみんな美人だった。前にミラノのスカラ座で観た「ラ・チェネレントラ La Cenerenttola」では、シンデレラ役のソニア・ガナッシがあまりにふくよかでシンデレラに見えなかったのだけど、今回のパミーナ役はカジュアルな格好でもちゃんとお姫さまに見えた。

「魔笛」はオペラとしてもっとも開演回数が多い題目なので、この日、観劇に来ていた人たちも、これまでいろんな演出家の「魔笛」を観てきたのだと思う。その上でコンヴィチュニィの演出する「魔笛」を楽しもうという余裕が感じられた。でもぼくは「魔笛」はもちろん、モーツァルトのオペラも初めてだった。だから最初は台詞があるのにも驚いた。オペラって台詞がないものだとばかり思っていたから(ドイツのジングシュピールには台詞があることを知らなかった)。そんなわけで一幕目はかなり面食らったまま話が進む。パパゲーノの最初のアリア「私は鳥刺しDer Vogelfanger Bin Ich Ja」(鳥刺は鶏肉の刺身のことではない。捕らえた鳥を売る人のこと)は聞き馴染みのある曲なので少しホッとしたが、それを唄うパパゲーノが眼鏡をかけた学生というのも、きっとドイツ語が分かれば、シチュエーションを納得できるのだろう。

この「魔笛」が東京で公演されるわけだが、このアヴァンギャルドな演出を、はたしてオペラ慣れしていない日本人がどう受け止めるのかちょっと心配だ。オペラと言えば、西洋の歌舞伎みたいな伝統芸能という印象もあると思うし、昔ながらのコンサバが当然、となると、この「魔笛」を楽しめるのはかなりの上級者だな。そんな不安な気持ちも抱きつつ二幕目へ。ただし、これから先はドイツ語が分からなくてもすごく面白かった。話の展開はリズムよく進み、夜の女王の超有名なアリア「私の心は地獄の復讐で沸騰している Der Holle Rache kocht in meinem」も聴けるし、パパゲーノがピンクのタイツとラメの衣裳で電飾のステージに上がり、TVショーの司会者を演じるシーンは単純に楽しい。こんなシーンがモーツァルトのオペラに登場するとは。彼はその衣裳のままで「パパパ……」のパパゲーノのアリアを唄う。この電飾ステージには電光掲示板が付いていて「拍手!」とか「ここで笑う」などのメッセージが流れ、ステージ上にはいちばん最初のシーンに登場する大蛇代わりの絨毯が敷かれていた。そしてラストシーンの大団円に至るのだが、単純なハッピーエンドではないモダンな結末が待っている。というわけで結果的には満足度は高く、とても面白かった。突出したスターの歌い手がいるわけでなく、この人気はやはり演出の力によるものが大きいのだろう。「魔笛」やコンヴィチュニィ演出の予備知識を得て観るなら相当面白いと思う。まだチケットが残っているなら観ておいても損はない。グランドオペラを期待する人にはお勧めできないけど。

『魔笛』とウィーン―興行師シカネーダーの時代

『魔笛』とウィーン―興行師シカネーダーの時代

  • 作者: クルト ホノルカ
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 1991/12
  • メディア: 単行本


モーツァルト:魔笛 全曲

モーツァルト:魔笛 全曲

  • アーティスト: リアス室内合唱団, ピータース(ロバータ), リアー(イブリン), クラス(フランツ), ブンダーリヒ(フリッツ), レンツ(フリードリヒ), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団, モーツァルト, ベーム(カール), アルント(ギュンター)
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルクラシック
  • 発売日: 1998/05/13
  • メディア: CD


モーツァルト:歌劇「魔笛」ハイライト

モーツァルト:歌劇「魔笛」ハイライト

  • アーティスト: カラヤン(ヘルベルト・フォン), ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団, ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団, モーツァルト, ダム(ホセ・ヴァン), オット(カーリン), マティス(エディット), アライサ(フランシスコ), ホーニック(ゴットフリート), ペリー(ジャネット)
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルクラシック
  • 発売日: 2005/12/14
  • メディア: CD


モーツァルト:歌劇「魔笛」全曲

モーツァルト:歌劇「魔笛」全曲

  • アーティスト: シュワルツコップ(エリザベート), フィルハーモニア合唱団, ヤノビッツ(グンドゥラ), ポップ(ルチア), レイノルズ(アンナ), ピュッツ(ルート・マルグレート), ギーベル(アグネス), ヴィージー(ジョセフィン), ルートビッヒ(クリスタ), ヘフゲン(マルガ)
  • 出版社/メーカー: 東芝EMI
  • 発売日: 1996/07/17
  • メディア: CD


最近、ちょっとドアを開けている間にネコが部屋に入り込んで、知らない間にぼくのベッドの毛布の上で寝ていることがある。試しに鰹節をあげたら黙々と食べた。

ぼくはこの夏、ガールフレンドとバーデンバーデンの「Festspielhaus」に行き、 サンクトペテルスブルクのマリインスキー劇場 Mariinsky-Theater St.Petersburg(別名キーロフ劇場)の「エフゲニー・オネーギン」を観た。チャイコフスキーのオペラだ。音楽監督はワレリー・ゲルギエフ Valery Gergiev。数少ないオペラ観劇の中で、これが初めて心の底から感動できたオペラだった。音楽はもちろん、ミニマルな舞台美術が本当に素晴らしくて、ロシア構成主義を思わせる緊張感のある影をつくり出す照明も見事だった。もともとオペラとは疎遠な生活をしていたので、どこか特別で高尚な響きがある「オペラ鑑賞」には足が向かず、それでも、ぼんやりと憧れていたところもあった。それがドイツで暮らして急に身近なモノになって、しかもアカデミーのIDを出せば、運が良ければ40代なのに学生料金で観ることができる。学生料金は超格安だ。だから劇場ではオペラデート中と思われる10代の学生カップルを何組か見たこともある。12月の「シュツットガルト州立歌劇場」では注目の「ドクトル・ファウスト Doktor Faust」の再演があり、「エレクトラ Elektra」のプレミエーレ(じゃないかも?)もある。たぶんこの2本を観て、ぼくのドイツ滞在中のオペラ観劇は終了という感じだな。おかげでほんの少しは大人の素養が身に付いた気がする。


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210119

こんにちは
『魔笛』は『フィガロの結婚』とともに、とても有名なオペラなので
私も観た事があります。(日本人のキャストのもの)
確か、モーツアルトの晩年の作品でしたよね。
3人の童子役をウィーン少年合唱団やテルツ少年合唱団の
ソリストが歌っているCDも何枚か持っていますが(密かにモーツ
アルト・フリークです) シュツットガルト州立歌劇場のような立派
な劇場で本格的なのを1度でいいから観てみたいと思っていたので
とっても羨ましいです。
by 210119 (2005-11-29 16:30) 

gyu

初めまして。バルセロナに住むgyuと申します。
ペーター・コンヴィチュニィ 演出のものは、トリスタンをミュンヘンで、ローエングリンをバルセロナで見ました。いずれも初めは「ちょっと、ふざけてんじゃない?」と思うほど、場違いというか、従来のオペラの常識を外れたような演出でしたが、最後まで見ていると、実によく出来ている、ということがわかってくるのですね。特に好き、とは言わないけれど、単に目立ちたがり屋の演出でないことは確かだと思います。
でも、魔笛のその演出、私だったらちょっと抵抗があるな。というのも魔笛は私にとって、最高の音楽を楽しめるオペラだからです。演出が邪魔になるようだったら残念だな。
by gyu (2005-11-29 17:18) 

hsba

マリーさん、こんにちは。シュツットガルト駅のバス停の小さな広場では、なぜかいつも野うさぎが遊んでいて、マリーさんのWeblogのことを思い出していました。「魔笛」はおなじみの歌が多いので、初心者のぼくにも楽しめました。オペラハウスの雰囲気も良くて、贅沢な時間を過ごした気分。もっといろいろ観ておけば良かったと思っています。

gyuさん、初めまして。ぼくも最初に観た「魔笛」がこの演出で良かったのか、何とも言えないです。もっといろいろな「魔笛」を観てみたい気持ちになりましたね。一幕目は少し眠くなったけど、二幕目からは食い入るように観てしまった。役者も納得して演じているのだと思った次第。前に映画監督が演出したオペラで、観ている方も演じている方も辛いという経験があったけど、そんな雰囲気は微塵もなかったです。ただし、これがこのまま日本で公演されてお客さんが満足できるか、やっぱり心配です。チケット代はシュツットガルトの3〜4倍でしたから。次はコンヴィチュニィ演出はエレクトラです。
by hsba (2005-11-30 22:26) 

momo

 初めましてこんにちは。一昨日シュトゥットガルトで講演された『魔笛』を見てきました!私は『魔笛』を劇場で見るのは初めてで、すごく楽しみに行きました。前衛的なこの演出が良いのかは?ですが、ドイツ語が分かれば歌声も素敵ですし楽しめたのではと思います。(私はドイツ語分かりませんでしたが(^_^;))映像を使ったり、衣装が現代風だったりとこんな捉え方をした魔笛もあるんだなあと感心しました。他の作品も見てみたいです。ただ魔笛を初めて見る方にはちょっとオススメはできないかなっと思います。
by momo (2005-12-29 22:19) 

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