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ミラノ・ダネーゼ財団の追悼写真展に出かける [旅/ホテル]

7月終わりの日曜日にガールフレンドと列車でミラノに行った。国際特急チザルピーノCISALPINO(デザインはジョルジェット・ジウジアーロ Giorgetto Giugiaro)はチューリヒを経て、スイスの風光明媚な山岳湖水地帯の谷間を縫って南に走る。

そして、イタリア国境を越え、コモ湖を左に見ながらミラノに至る約6時間の旅。ミラノでのぼくの目的はフォンダッチオーネ・ジャクリーン・ボドー・エ・ブルーノ・ダネーゼ Fondazione J. Vodoz e B. Danese(以下ダネーゼ財団)で行われている、写真家ジャクリーン・ヴォドー Jacqueline Vodozの追悼展「SPOKEN PHOTOGRAPHY, objects and persons photographs by Jacqueline Vodoz」を観ることだった。
前にも書いたけど(http://blog.so-net.ne.jp/hashiba-in-stuttgart/2005-05-19)、今年の春に亡くなったジャクリーン女史はダネーゼ DANESEの創設者ブルーノ・ダネーゼ氏の夫人で、ダネーゼとブルーノ・ムナーリ Bruno Munariを引き合わせた人物。彼女の逝去のニュースはミラノ在住の阿部雅世さんから伝えられ、同時に写真展の話も聞いていたので、この展覧会にはどうしても行きたかった。予約制のため阿部さんにアポイントメントを入れてもらい、月曜日の午後に3人でダネーゼ財団を訪ねた。
展覧会が行われているダネーゼ財団はミラノの金融街に近い古い建築物の中にある。その財団の展示室と一部地上階の特設スペースで写真展はひっそりと開催されていた。

展示品は、彼女が作品として撮影したもの、印刷物や広告に使われたと思われるポートレート、さらにダネーゼのために撮影したプロダクツの写真と、プライベートで撮った旅行写真……などなど。彼女のプロダクツの写真は、スタジオの人工光で撮影したものは少ない。ぼくが以前『LIVING DESIGN』の仕事をやっていた頃、林雅之さんに撮っていただいた写真と、どこか響き合うような印象を受けた。製品を美しく撮影するだけではなく、その背景や思想まで画面に収めようと試みた密度の濃い写真だ。もっとも、写真からそれを読み取ることができたのはダネーゼの製品にちゃんと思想があった証拠でもある。一方、子どもや農夫を撮った作品写真は動かない映画のようだ。撮影者の眼差しを追体験できるようで楽しい。

ジャクリーン女史の写真は今年秋に写真集として出版されるという話だ。彼女が生前懇意にしていた印刷業者が、好意で制作したという小さな美しいブックレットを帰りにいただいた。故人の写真数点が、ブロウニーフィルム原寸大くらいのサイズで収められている。

約5年前、ぼくは阿部さんのコーディネーションと通訳でブルーノ・ダネーゼ氏にインタビューしたことがある。2時間以上、ほとんどダネーゼ氏のレクチャーを聴くような、氏が一方的に語る話を書き留めるだけのインタビューとは言えないような取材だったけど、この時の聴いた話は今でもぼくの宝物だ。ぼくはそこで、「大量生産」の考え方がイタリア(ダネーゼ?)と日本(やアメリカ)ではずいぶん違っていたことを知る。第二次大戦後、工業化が進み「イタリアの奇跡」と賞された復興めまぐるしいイタリアの話。あまり知られていないが、60年代のイタリアはアメリカに次ぐ世界第二位の家電生産国だった。まあ、それは関係ない。当時、ジャクリーンの仲介でブルーノ・ムナーリと出会ったダネーゼは、ムナーリから「工業のエディター」になることをを求められたと言う。彼らは、工業の力を利用すれば芸術作品をオリジナルと同じ質で数多くつくることができて、一部の金持ちや権力者が独占していた「美術」を大衆化できると考えていた。だからこそ工業には「エディター」が必要だとムナーリは考えていたのだろう。という話は前にも書いたような記憶がある。ダネーゼがインダストリアルアートと呼ばれる製品にシリアルナンバーを付けていたのは、最初につくられた一点も最後の数字の製品も、美術品としてまったく同じ「質」であることの証明だった。寺門ジモンが嬉しがるコレクターのための『シリアルナンバー」とは意味合いが少し違う。ちなみにダネーゼ氏から聞いた話の抄訳は『LIVING DESIGN』のイタリア特集にまとめてある。そういえば数年前「INDUSTRIAL ART」という素晴らしい研究書がイタリアで出版された。ただし現在は絶版で入手困難、書名の詳細も失念した。クワノトレーディングに問い合わせると分かるはず。

ミラノでは6月末までソリチュードにいた元フェローのドンヒーにも会った。彼女は本当に楽しい。ぼくたちと食事をした翌日にパリに旅立った。
ミラノではガールフレンドと一緒だったので、一人だと恥ずかしくて歩けないスピガ通りやモンテナポレオーネ通りもウインドーショッピングしながら二往復した。この二つの通りの名前は日本人にお馴染みだと思う。いずれもイタリア国内外の一流ブランドが隙間なく軒を連ねている。ちょうどバカンス前のサマーセールが始まったばかり。日本人の買い物客や韓国、中国からの旅行者も多い。未だにイタリア人店員を逆なでするような不躾な日本人買い物客気がいるのも驚いた。それも、それなりに地位のありそうな年輩者カップル。お里が知れるとはこのことか。ぼくも敷居の高いお店では卑屈に低姿勢なるので、これまたお里が知れてしまうけど、無礼でないだけマシだと思った。

ブランド街のウインドーショッピングの翌日は、ミラノの隣町モンツァにある「ファット・アド・アルテ Fatto ad Arte」(http://www.fattoadarte.com)というギャラリーショップを訪ねた。イタリアの芸術職人(アルティジャーノ・アルティスティコ)が手掛けたワンオフの作品を販売しているお店で、若手芸術職人のハンドワークやデザイナーとの共同制作のガラス器、陶器、銀細工、それに職人の手によるチョコレート、ワイン、オリーブオイルなどの食品まで取り扱っている。ここも阿部さんに教えてもらったショップ。技法や製造方法は伝統的でも現代的なテイストやアーティスティックなものが多い。ここでドイツの茶会用にマッシモ・ルナルドン Massiomo Lunardonのベネチアンガラスの器二つと、お土産用にプーリアのナッツ入りチョコレートとシチリアのワインを買う。お店の方の応対もとても親切で、どの商品もとても丁寧に説明してくれた。帰り際に4月にユーゴ・ラ・ピエトラ氏 Ugo La Pietraの展覧会「Arte e Arte Applicata」が、ミラノ「MIART」とモンツァ「Galleria Fatto ad Arte」を巡回した際のカタログをいただいた。

その日の夕方は彼女の買い物に付き合い、午後8時からはスカラ座でオペラを観た。

オペラを観るのは去年の3月3日(誕生日)に鴬谷の「東京キネマ倶楽部」で開催されたブルーノ・マデルナの「サテュリコン」日本初演以来のこと。ヴァイオリンが漆原啓子(コンサートミストレス)で、ピアノははるばるアムステルダムから向井山朋子さんが参加する豪華なアンサンブルだったけど、残念ながら黒沢潤氏(実験映画の監督として国内外で有名)の不可解な演出に着いていけなかった記憶がある。井上道義氏が会場に見えていたのは、指揮が本名徹次氏だったからだろう。
この日のスカラ座の演目はロッシーニの「ラ・チェネレントラ La Cenerenttola(シンデレラ)」。でも一般的に知られる童話「シンデレラ姫」の、カボチャが馬車になるお伽噺の設定はなく、家族も継母ではなく継父、正直で誠実な者が最後に報われるお芝居の定番筋書きに、皮肉っぽい笑いも加味された、ロッシーニ独自の「シンデレラ」ストーリーだ。最初、主役のシンデレラ(アンジェリーナという名前)を演じる、ふくよかで恰幅のよいソニア・ガナッシSonia Ganassi がどうしてもシンデレラに見えなくて、さらに王子役がアフリカ系の役者だったことも驚いた。でもこの二人のメゾソプラノのテノールが本当に圧巻だった。王子を演じたのは若手テノールの第一人者ローレンス・ブラウンリー Lawrence Brownleeだと後で知る。彼を観るために来ていた客も多かったようだ。全体を通して笑いを誘うシーンが多かったのは意外。昔よく観た松竹新喜劇を思い出す。イタリアのオペラはこんな感じの展開が多いのだろうか(他を観ていないので何とも言えないが)。キャストも少なくて、こぢんまりした軽妙な舞台だったけど、スカラ座のオーケストラシートで観劇できたのは嬉しかった。そうそう、あと、衣裳が素晴らしかったな。特に舞踏会のシーンのシンデレラ。馬子にも衣装と例えると失礼だけど、ソニア・ガナッシがやっとシンデレラに見えた。

そして水曜日には再び特急チザルピーノでシュツットガルトに。考えてみるとガールフレンドと二人で旅行をするのは初めてだった。

この一カ月は本当にいろいろなことがあった。何より、日暮さんに紹介いただいたシュツットガルト在住のご夫妻には本当にお世話になり、家で見せていただいた20世紀初頭のデザインの資料は本当に貴重なもので、本当に驚いた。改めて紹介したいと思う。ご夫妻には食事に招いていただいた上、温泉や日本人会のお祭りに連れていっていただき、一般の人は入れない鮮魚市場やプロフェッショナル向けのホールセールのお店に同行させてもらったり、友人宅での花火見物に誘っていただいたり……感謝の機会は数知れず、枚挙に暇がないとはこのことだ。ある意味、これからのぼくの人生を変えるような出会いだったと思う。


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