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『チェ・ゲバラの記憶』 [本/雑誌/文筆家]

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十二社の熊野神社のお守り。かなり気に入ってます。

もうずいぶん前になるけど、イタリアのナポリを訪ねたことがあった。10年くらい前かな。その時、目にとまったのは、広場の露店で売られていたポスターだ。どの店もたいてい4種類のポスターを売っていた。一つはブルース・リー、もう一つはディエゴ・マラドーナ(80年代後半にセリエAの強剛だったSSCナポリの英雄だ)、そしてチェ・ゲバラ。最後の一枚は、なんとルパン三世。この4人がナポリのヒーローだったのだろうか。

去年の6月、とある会員誌に書いた書評です。


チェ・ゲバラは、本当にこの地上に存在していたのだろうか。キューバ前国家評議会議長フィデル・カストロは「チェは決して死んだわけではないという結論を引き出したほうがいいのだと思います」と言う(1987年の演説)。これまでにも増して生きているのです、と。

松田修著『複眼の視座』からの孫引きになるのだが、大正4年、南亭箕作元八が著した『西洋史話』には、ペレーの著作に拠る掌編「ナポレオン史伝はギリシヤ神話の改作也」が収められている。著者はナポレオンの功業を、古代ギリシアの太陽伝説と比較し、その一致を逐一証明する。曰く「ナポレオンてふ人物は嘗てこの世に存在せし事なく、たゞこれ詩人の空想に作り上げられたる一個の烏有先生に過ぎざること」(もちろん嘘)。おそらくペレーは、言葉で語られる歴史論証の危うさを説いたのだ。HistoryとStoryは語源が同じだし、フランス語のHistoireはその両者の意を兼ねている。史実とは理性で語られた物語。言葉を重ねると事実は曖昧になり、しかし語り継がれないと忘れ去られてしまう。


『チェ・ゲバラの記憶』は、ゲバラの評伝というより、カストロ前議長が同志ゲバラについて語り、書いた言葉をまとめたものだ。エルネスト・チェ・ゲバラについては説明するまでもない。キューバ革命の英雄で、世界革命を夢みながら、1967年にボリビアの対ゲリラ部隊に捕捉され殺害された。生きていれば80歳。主義思想を超えてファンが多く、自民党大物議員の事務所に彼のポスターが飾られていたり、保守系議員の尊敬する人物として名前が挙げられたりする。しかし冷戦時代は、彼の名誉を貶めるような政治的な宣伝も少なくなく、カストロとの仲違いを噂されたこともあった。

だからカストロは語り続けた。誰かが語らないと、ゲバラの存在すら危うくなってしまう。この本でカストロは、ゲバラについては呆れるくらい饒舌だ。例えば彼の死が伝えられた時は、自分はいかにゲバラの死を受け入れなかったかを語り、彼がボリビアでどういう状況に追い込まれたのかを思い描いて語り、さらに、彼の死がどれほど不当なものかを想像し、また語る。まるで子どもの言い訳のようだ。しかしその言葉の堆積の果てに、底知れない悲しさが浮き彫りにされてくる。それはゲバラの死への悲しみではなく、語ることだけが同志の存在を伝える手段であり方法である、残された革命家カストロに対する悲しみだ。

語られたチェ・ゲバラは既にチェ・ゲバラではない。記憶の中の人生はホンモノの人生ではない。それでもカストロは語る。語らなければならない。彼らの美徳も友情も勇気も、退屈な説話も同じように語られる。そして本を閉じた後は、二人の革命家の孤独感がゲリラのように読後の背中に忍び寄る。そうだ、これが20世紀の男だ。フィデル・カストロは今年2月に81歳で議長を引退した。


チェ・ゲバラの記憶

チェ・ゲバラの記憶

  • 作者: フィデル・カストロ
  • 出版社/メーカー: トランスワールドジャパン
  • 発売日: 2008/05
  • メディア: 単行本




革命戦争回顧録 (中公文庫)

革命戦争回顧録 (中公文庫)

  • 作者: チェ・ゲバラ
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2008/02
  • メディア: 文庫




新訳 ゲバラ日記 (中公文庫)

新訳 ゲバラ日記 (中公文庫)

  • 作者: チェ ゲバラ
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2007/11
  • メディア: 文庫



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