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17歳の建築 [デザイン/建築]

エスクァイア日本版10月号臨時増刊「touch of ACTUS」のために書いた「藤野シュタイナー高等学園」の原稿を一部抜粋してアップします。完全版と梅佳代さんの写真によるフォトルポルタージュ風の本編は「touch of ACTUS」で読んでください。


イタリア人建築家レンゾ・ピアノは、パリのポンピドゥーセンターや関西国際空港旅客ターミナルの設計で世界的に知られている。建築家はかつて、建築工事現場の魔法に魅せられた少年だった。平地に積まれた煉瓦の山が翌日には壁になり、やがて建物になって人が暮らす。刻々と変化する風景。やがて建築を設計する側の人となった彼は、自著「航海日誌」の中で、建築についてこう記している。

『金銭、権力、逼迫した工期、もめごと。建築は人生の中の醜いもののすべての影響を受ける。だがそれと同時に、あらゆる美しいもの、健全なもの、真正なもの──根源の力、革新、自然、人々のニーズ──にも影響されている』。

ピアノにとって「建築」は社会であり希望であり人間そのものなのだ。それを学ぶ学問としての建築は、美学、数学、人文科学、社会学……を内包する総合芸術、総合科学でもある。工事現場には、つくる喜びや、竣工の感動という「果実」も眠っている。建築が抱く大きな可能性を、高校生が実践的に学び、感じるプロジェクトが、神奈川県の藤野町の学校で進められていた。まさにビルディングロマン。
東京・新宿から約1時間、電車が県境の駅、高尾を過ぎると、車窓の景色は都市郊外の風景から、にわかに緑深い丘と田園が織りなす長閑な景色へと変化する。森とトンネルをいくつか通り抜け、間もなく電車は中央本線藤野駅に到着した。神奈川県民の水がめ、相模湖を抱く津久井郡藤野町は、人口約1万人、芸術の街を標榜する町だ。
藤野町では教育環境の充実を目的に、町内の小学校の統廃合も段階的に行われていて、湖を望む里山の中腹に佇む旧名倉小学校も昨年春に廃校が決まった。駅から路線バスで約15分、昭和の面影を残す旧名倉小学校校舎は、今年4月、学校法人シュタイナー学園として生まれ変わり、現在は初等部、中等部120名以上の児童・生徒がここで学んでいる。

その校舎の手前の緩やかに傾斜した敷地にはもう一つの「学びの場」があった。しかし教室は未完成。藤野シュタイナー高等学園の10年生2名と11年生9名(高校1、2年に当たる)は今、自らの手で自分たちの学び舎をつくっている途中だ。この11名が藤野シュタイナー高等学園の全生徒。建物自体はほぼ完成に近づき、あとは屋根を葺き、内外装の仕上げが待っている。そして竣工後はこの教室で授業を受ける。でも今は、校舎づくりの現場もまた、彼と彼女たちの「教室」だった。
「校舎がないなら自分たちでつくればいい。現在の生徒も保護者も、教師もこの学園のパイオニアなのだから、ないものは自らつくりあげなければならない」と藤野シュタイナー高等学園クラス担任教員Mさんは言う。数学講師である彼もまた、校舎づくりに汗を流していた。


1987年に日本初の全日制シュタイナー学校として東京シュタイナーシューレ(現在の学校法人シュタイナー学園)が設立されたものの、同校は9年制、中等部までで、そこを卒業し進学を希望する場合、日本では普通の高等学校に入学するしかなかった。しかしシュタイナー教育の12年の継続を求める声は多く、特にその希望が強かった(現在の)11年生が卒業した年、思いに怯まず、父母と教員の有志で高等部を設けたのが藤野シュタイナー高等学園のスタートだ。2004年、神奈川県から特定非営利活動(NPO)法人としても認証された。しかし校舎がない。当初は藤野駅近くの建物の一室を借りて授業を開始。そして今春から新校舎づくりに着手している。
「校舎をどのような建築物にするか。当初は地域の廃材を再利用してつくることはできないかと考えていたのですが、自力で施工できて、工費も比較的安価な今のドームハウス案が現実的でした。整地に取りかかったのが3月上旬。パワーシャベルを借りれば簡単ですが、自分たちの手でやってみようと、シャベルと一輪車を使い傾斜した敷地を平にならし始め、結局すべて人力で行いました。4月に入ると基礎工事に入り、コンクリートを打って、施工図面からポイント出しをして座標を定め、それから建物の構造を組み上げていった。もちろん整地から建設まで、プロの助言を受けながら、すべて生徒が手掛けている。生徒たちはこの作業を通して測量、構造力学、立体など、例えば数学という教科の枠にとどまらずに、建築施工という活動に関連づけて展開させることができますからね」。

「シュタイナー教育の特長の一つにエポック授業があります。これは月曜から金曜の毎日、午前中の1時間45分間、3週間で一つの教科を学ぶというもの。エポック授業では同じ時間帯に同じテーマを、一つの流れの中でより深く学ぶことができる。また知識を頭で覚えるだけではなく、活動を通して実践的に学ぶことも大事なことです」。
教員として校舎づくりを見守るM先生は、北海道教育大学の学生時代、ドイツ文学者の子安美知子氏が、娘が通うシュタイナー学校について書いた「ミュンヘンの中学生」(朝日新聞社、現在は朝日文庫版)を読んで衝撃を受ける。世界にはこんなユニークな教育があるのか。この時、もう一度シュタイナー学校で高校生に戻ろうと考え、アメリカの高校に入学希望の手紙を送るが断られ、代わりに一般向けコースの受講を勧められた。大学を休学して渡米、復学して教員免許を取得し、卒業後イギリスのエマーソンカレッジでシュタイナー教育教員養成コースを修了。帰国後、1995年から1年生の担任になり9年生までクラス担任を務めた。そのクラスで高等学園に進んだ生徒が、現在の11年生だ。

「竣工は9月末の予定ですが、外溝に花壇をつくったり、さらにもう一棟つくるプランもありますし、本当の完成はまだ先ですね」。生徒たちが自らつくりあげなければならないものは、まだたくさん残っている。

冒頭で紹介した建築家ピアノは、次のようにも書いている。

『完成などというばかげた罠にはまらぬよう、気を付けなければならない。建築は生き物であり、時とともに(中略)変貌していく。我々は、絶えざる冒険のへその緒とつながる、自ら生み出した生き物と共生していくのだ』。

未完の校舎を眺め、ここから未来のレンゾ・ピアノが現れるかも知れないと思う。


先日、見に行ったら屋根が葺き終わっていた。アスファルトシングル葺き。そろそろ内装工事に入っているはず。



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私のミュンヘン日記―シュタイナー学校を卒業して

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