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「東京ゴミ袋」と「写真時代」の日々 [本/雑誌/文筆家]

昨日、打ち合わせに行くために家を出て、地下鉄駅に着いたところで読みかけの本を持ってくるのを忘れたことに気づいた。最近、ノートPCとロケハン用のデジカムを持ち歩いているので鞄が超重い。これに500ページ以上ある単行本「蕁麻の家 三部作」を入れて歩くなんて苦行か罰ゲームだ。けど、それでも読みかけの本はいつも手元に置いておきたい。家に戻る時間はなく、とりあえず当面読むものが欲しくて、駅に近い文教堂書店に駆け込んだ。文庫本コーナーであることを思い出した。そうだ「あの本」が昨年秋に文庫本になっているはずだ。親本は文藝春秋社から出版されていたので、まず文春文庫を探す。でもそこにはなくて、隣のちくま文庫の中に「東京ゴミ袋」はあった。著者は瀬戸山玄さん。雑誌の連載や写真撮影、その他いろいろなところでお世話になった方で、写真家でもあり文筆家でもある。最近はビデオの撮影も手掛けていて、文庫本のジャケットの折り返しにある著者略歴の肩書きはドキュメンタリストになっていた。

「東京ゴミ袋」の単行本が文藝春秋社から出版されてすぐ、ぼくは書店でこの本を買った。ソフトカバーの真っ黒な装幀で小口にも黒い墨が塗られていた。当時、ゴミ袋は現在使われている半透明とは違い真っ黒だったからだろう。村崎百郎のルーツのような感じだ。さらに遡れば、ぼくは雑誌「写真時代」の連載「東京ゴミ大図鑑」もずっと読んでいた。そこでの筆名は耳村万寿。数年前、廣木隆一の監督作品で中村麻美が主演した「東京ゴミ女」という映画があったけど、その作品のインスピレーションの源もこの「東京ゴミ袋」だった。「東京ゴミ袋」は出版してすぐに映画化の話が廣木氏よりあったそうだが、その時は実現せず、10年以上の熟成期間を経て「東京ゴミ女」というフィルムに“リサイクル”されたわけだ。

「写真時代」といえば、荒木経惟さんが撮影していた写真ページ(瀬戸山さんも撮影していた)は筋金入りのエロで、当時暮らしていた近所の書店でもエロ本コーナーの、さらに奥の特殊エロ・コーナーで売られていた(いつも隣にあったのがスワッピング情報誌とSM専門誌)。でも誌面に登場するのは赤瀬川原平、渡辺和博、田中康夫、朝倉喬司、南伸坊……などすごい顔ぶれで、大学時代のゼミの担当教授、松田修先生も寄稿していたり。そのへんの執筆陣の豪華さが、自分の中では姑息にも「エロ本だけど中身があるので買っても可」みたいな免罪符になっていた。理屈っぽいのと小心者なのは20年前も変わらないのだ。「超芸術トマソン」や南伸坊の「笑う写真」も、赤瀬川原平と渡辺和博の対談集「宇宙の御言」も、「写真時代」の連載から生まれた書籍だ。素人モデルの欲望炸裂の写真を撮っていたジャッカル鈴木こと鈴木陽司さんとは、数年後、池袋でいっしょに仕事をすることになる。あ、ぼくが「写真時代」を買っていた二子玉川の書店にはUWFの前田日明さんがよく来ていて、彼女らしき人と一緒に「カラテキッド」のビデオを借りたりしていた(ビデオコーナーもあったのだ)。まあ、それはどうでもいいか。「写真時代」は当局といろいろあって廃刊になり、その数カ月後「写真世界」というタイトルで復活して、また廃刊。数年前に松陰浩之さんのラス・メイヤーへのオマージュのような表紙写真でムック「写真時代インターナショナル」として一号だけ発行されたことがあるが、その後は出ていない。80年代に自らの役目を果たし老醜を晒さずに消え去った、と言うと褒め過ぎだな。ぼくは「写真時代インターナショナル」で、大橋仁という写真家を知り衝撃を受ける。

話を「東京ゴミ袋」に戻すと、久しぶりに読んでみて最高に面白かった。読み出すと止まらなくなる。あの瀬戸山さんが、80年代にこんなキケンでヤバい取材を乗り越えてきたのかと思うと、とにかく敬服するばかりで、それを改めて知るためにも、この本が文庫で再版されて本当に良かったと思った。最初の出版当時は前出の廣木隆一氏を始め、いろんな人に影響を与えたんだろうな。ついでに書くと、永江朗さんの巻末解説は「文庫本の解説はかくあるべき」と膝を打つような文章で、締めもしっかり利いている。内容は東京の街に捨てられるゴミ袋(ヤクザの事務所とか相撲部屋、新興宗教教団、風俗店勤めの女性のゴミ……など)の中身を暴き、並べて撮った写真が、鋭く軽快な文章とともにまとめられているというもの。もともとの単行本は写真のボリュームと文章量が同等だったように記憶しているが、文庫版は文章が主役になっている。それでも十分見応え、読み応えがある。当時のいろんな事を思い出しながら一気に読んでしまった。本当に面白い。親本の一刷発行は1988年9月末日。昭和天皇の病状が深刻になり、テレビでは毎日、本日のご容体を伝えるニュースが流れていたが、個人的にはイエローキャブのタレントの堀江しのぶさんが悪性のガンで亡くなったこともショックだった。

東京ゴミ袋

東京ゴミ袋

  • 作者: 瀬戸山 玄
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2004/11/11
  • メディア: 文庫



ライ麦畑のキャデラック―モーターカルチャー100年の真実

ライ麦畑のキャデラック―モーターカルチャー100年の真実

  • 作者: 瀬戸山 玄
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2004/09
  • メディア: 単行本




「東京ゴミ袋」の単行本が出た頃、ぼくはまだ20代半ばだった。ガールフレンドにふられて一人で休日をどう過ごしたらいいのか分からなくて、玉川高島屋で当時は高価だったプジョーのクロスバイクを衝動買いし、余計なことを考えなくていいように多摩川の堤防や砧の農道をひたすら走っていた。民家園の小川にはザリガニがいっぱいいて、夜は蛍も飛んでいた。遊園地「二子多摩川園」跡地がきれいな住宅展示場になり、ヨーロッパの郊外のような美しい敷地内を抜けて等々力渓谷や自由が丘まで出かけたり。国道246号線のバイパスの橋から多摩川を見ると、玉川高島屋の奥の高架線を田園都市線の電車が走るのが見えて、反対側には夕日が落ちて、橋の下に捨ててあったビニル製の折りたたみ椅子に座って橋の上で缶ビールを飲んでいると、突然、破裂したように涙が流れ落ちた時もあった。風向きで川向こうの缶コーヒー工場の甘い匂いが漂う日もあった。タレントのYOUが、ぼくも利用していたコインランドリーで時々洗濯していて、日曜日の昼過ぎに一緒になることが何度かあったけど、乾燥機を待つ間、銭湯の前の道にたむろしている子どもの相手をしてあげたり「キレイで普通に良い人なんだな」と見とれていた。近くの家でお葬式があったのだが、通りから覗く式の様子はこれまで見た事のない不思議な光景で、あれはいったい何だったのだろう。無口な人々と、仄暗い砂利道に墨文字の提灯の明かりがぼんやり点いていたことを覚えている。ぼくが暮らしていたアパートは二子玉川から徒歩20分くらいなのに都市ガスも下水道も未整備のままで、街灯も少なく、周辺道路も未舗装のところが多くて、その辺りはおそらく昔、被差別地区だったのだろうと思われた。もともと根生いにこだわらない北海道生まれなので、そんな過去もまったく気にならず暮らしていた。同様の理由で外国人も多かった。東京なのに自然が豊かで環境が良い割に家賃も安かったのだ。それでも謎の流れ者たち(普通の人に見えた)が河川敷に住み着いていて、近隣の飼い犬を魚肉ソーセージをエサに捕まえては、河原で鍋にして食べていたという話には引いてしまったけど。ほんの20年前の二子玉川界隈はそんな昭和40年代な感じが残っていた。

「東京ゴミ袋」を読んで、これらのことなどを思い出したのだが、本の内容とはぜんぜん関係なので誤解ないように。昔の本を読み返すと、その本を読んでいた頃、見ていた情景や気持が突然フラッシュバックすることがある。本は記憶の引金だ。小説では単行本と文庫本とで細かい描写が違っているものがある。版が変わると加筆改筆されていることがあるので油断ならない。だから気になる小説は、文庫本は文庫本で改めて買って読むことにしている。高村薫の小説はそんな例が多いような気がする。

超芸術トマソン

超芸術トマソン

  • 作者: 赤瀬川 原平
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1987/12
  • メディア: 文庫




笑う写真

笑う写真

  • 作者: 南 伸坊
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1993/12
  • メディア: 文庫




宇宙の御言(みこと)―うむ、これで解った世界の仕組み

宇宙の御言(みこと)―うむ、これで解った世界の仕組み

  • 作者: 赤瀬川 原平, 渡辺 和博
  • 出版社/メーカー: ネスコ
  • 発売日: 1989/12
  • メディア: 単行本




東京ゴミ女

東京ゴミ女

  • 出版社/メーカー: ポニーキャニオン
  • 発売日: 2002/03/20
  • メディア: DVD




今日の意味ある偶然。
イタリアのタイヤメーカー、ピレリがネットでオリジナル短編映画「The Call」を公開することになり、デザイナーの野口さんに誘っていただき試写を観に行った。で、「ジョン・マルコヴィッチ」のコートを着て行ったら、その映画に出ていたのがジョン・マルコヴィッチだった。映画は長いCMという感じ。神父役マルコヴィッチが悪魔(ナオミ・キャンベル)が取り憑いたクルマに悪魔払いをする8分の映像作品。悪魔が取り憑いたクルマは「西部警察2003」のロケ現場で見物客の突っ込んだのと同じ車種(TVRタスカン)だと思う。TVRって見事な悪役クルマになってしまった。観終わって、西部警察もエクソシストが必要だったのかなと思ったりした。
http://www.pirellifilm.com


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コメント 2

ちこ

瀬戸山様には橋場さん邸でのパーティーでお目にかかりました!
とても素敵な方ですよね。
私も「東京ゴミ袋」読みます!
中野坂上の物件、素敵ではないですか~
なにやらおしゃれに暮らしている感じ!
by ちこ (2006-04-14 16:06) 

hsba

ちこさん、どうも。って……ちこさんってたぶんナトチカさんですよね。「東京ゴミ袋」は面白いっすよ。そのうち家にも遊びに来てね。
by hsba (2006-05-04 02:31) 

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