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夜/小林カツ代さん/800 TWO LAP RUNNERS [ドイツ/シュツットガルト]

明日は南ドイツ(カソリックの地域?)のお盆のような日で休日です。

午後8時、隣町レオンベルク Leonbergのマルクトプラッツ Marktplatz。異国の神無月尽日に夜の色がいちだんと濃厚になる。クラゲが泳ぎそうな暗闇。ぼくも明かりの息継ぎが必要だった。少しでも光がある場所を選んで歩く。
シュツットガルトは第二次世界大戦の絨毯爆撃で、街の古い建物がほとんど爆撃されてしまったが、レオンベルクには昔ながらのハーフティンバー建築がたくさん残っている。この広場は文化財保護地区のような場所。10月末日でサマータイムが終わったので、もし今日(11月1日)なら午後9時の風景。いずれにしても街灯が少なくてとても暗い。夏は11時過ぎまでレストランやカフェのテラス席が賑わっているのに、今は人の気配もない。

料理研究家の小林カツ代さんがくも膜下出血で倒れ現在療養中だそうだ。ぼくは小林カツ代さんの料理の本よりもエッセイが好きで、雑誌に対談が載っていると買って読んでいた。教育や政治、生活文化についての大切な発言も多い論客でもある。同じ料理研究家の藤野真紀子議員とは比べるのも失礼なくらい、理念が揺るぎなく、「暮らし」に根ざした視点で語られているので口先だけはない力強さがある。動物についてのエッセイも面白い。早く元気になってほしいと思う。

愛しのチー公へ―生きものたちとの一期一会

愛しのチー公へ―生きものたちとの一期一会

  • 作者: 小林 真理, 小林 カツ代
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1999/08
  • メディア: 単行本


小林カツ代さんのエッセイか対談かは忘れたけど、夜について興味深い話をしていた。カレーを一晩おくとおしくなる。一夜漬けの漬け物もおいしい。じゃあ、夜と同じ時間をかければ日中でもおいしくなるのか。それは違うと小林カツ代さんは言う。昼間、放置しておいたものと、一晩を経たものは味が明らかに違うと言うのだ。確かにそう思う。同じようなことを経験したことがある人は多いはずだ。「夜」には料理を熟成させる力があるのか。料理だけじゃなく、昼間と夜で気分が違ったり、昼にはできないことができたり、時には考え方まで変わってしまうのも「夜の仕業」なのだろう。その夜を、煌煌と照らして昼間の代わりに使うのはもったいない。夜は夜のままが良い。夜は夜にしかできないことをしたほうが豊かな時間の過ごし方だと思う。

ドイツの夜は東京と比べるととても暗い。アウトバーンにも道路照明はついていない。街を離れると街灯も少なくなる。ぼくのスタジオから見える夜の景色はただただ真っ暗なだけだ。月夜にはうっすらと木の影が浮き彫りにされる程度。時々、夜間飛行の翼のランプが上の窓を横切る。宮殿Solitudeの入り口にバリアがあるので一般車両は入れなくて、1時間に往復で2便の路線バスのヘッドライトとエンジンの音が時計代わりになる。そのバスも0時2分に通過するのが最後だ。それから先は夜が永遠に続くのではないかと、時間の感覚を失うくらい暗く静かな世界に支配される。ドイツ語の「グラウエン(grauen)」は、心細さや畏怖の気持ちを表す言葉だ。それも何か具体的なモノに対する恐怖ではなく、夜の街や森、誰もいない部屋で、ふとした瞬間にどこからともなく下りてくる不安や神秘を指すらしい。ドイツ人が抱くこのセンスは、言葉で説明しづらいけど、現代美術や音楽、ロマン派の作品などから読み取ることができるとぼくは思う。悪魔メフィストフェレスの誘いを受け入れたファウストの心。探究心の果てにあった暗闇。これもまたドイツの夜だ。
それにしても本当に静かだ。これはソリチュードが山の上にあるからではなく、市街地も夜は静まり返っている。パーティーなどで、深夜を過ぎて大きな音を出していると、近所から通報があるのかすぐに警察がやって来る。ここにはナイトライフがないと愚痴を言うフェローもいるが、ぼくにはこの静けさも心地よい。時々、夜に散歩に出かけて、お城のテラスに上ったり、芝生に寝転がって星を眺めたりする。目が慣れてくると空に砂を撒いたような無数の星に圧倒される。こんなことしているのは自分だけだと思っていたら、深夜のお城には、夜の時間を静かに過ごしている人たちが意外に多いことに気づく。クラブやバーで賑やかにお酒を楽しむ夜の過ごし方もあれば、暗闇にまぎれて星に想いを巡らすナイトライフもあり、この二つがあってはじめて「生活」が完結するのだと思った。残念ながら、人工光で夜を征服して昼のように使おうとしている不夜城の街で、後者を実現するのは難しそうだ。もっとも、それだけ昼間の時間が少ないということだ。夜しか時間が自由にならないというのも考えものだ。

夜ってもともと静かで暗い時間だったのに、今、それを得るのが大変なのは悲しいことだ。ただし、ぼくは街の明かりを消せと言っているのではなく、明るくする必要がある場所は明るくて良いと思っている。だから、エアコンを入れたままで、明かりを消してロウソクで「スローナイト(!)」なんて言ってる人たちにはあまり関わりたくない。大阪の水族館「海遊館」や「新江ノ島水族館」にはナイトツアーという参加プログラムがあって、夏休みには夜の水族館内の好きな場所で一泊して、翌朝、朝食を食べて帰るプログラムまであるらしい。夜の魚を見ながら一晩過ごすというのはちょっと羨ましい。シンガポールには日没後に開園する世界初のナイトサファリがある。ただ本当に真っ暗だと何も見えないので、動物にはストレスにならず、人には肉眼視できるギリギリの抑制の利いた照明計画が行われている。




夜のシーンが印象的な映画はいろいろあるけど、ぼくは廣木隆一監督の「800 TOW LAP RUNNERS」と、塚本晋也監督の「東京フィスト」が好きだ。廣木監督は、80年代は広木陽一の名前でピンク映画をたくさん監督している。「800……」はひとことで言えば、陸上800mランナーの高校生たちの映画だけど、友情、恋愛とか同性愛とか兄妹のこととか、中にはいろいろ詰まっている。この映画の中で、メインのキャスト男女3人が陸上競技選手強化合宿の宿舎を夜抜け出して、真夜中のランニングトラックの真ん中の芝生に寝転がって話をするシーンがある。別にどうってことない場面だけど、ぼくにはとても心にしみた。あんな時代は誰にでもあるのだと思う。陸上経験者に言わせると、出演者の松岡俊介と野村祐人の「走り方」がぜんぜんダメだとか、ツッコミどころも多いようだが、以前「テアトル新宿」に廣木隆一さんのトークショー(相手は田口トモオヲさん)を聞きに行ったら、その話題になり「とにかく時間がなくてどうしようもなかった」と話していた。劇中で唐十郎さんが演じるヤクザがまたいい。
「東京フィスト」は、西新宿6丁目らしき住宅街の夜も、高層集合住宅の夜も、どれもきりりと冷たくて凛としていてきれいだ。女性はこの映画をどう思うのだろう。頭の中で何かが弾けるような、でも静かなラストシーンには身震いしてしまう。塚本監督の映画に出てくる男は、突き詰めて考えると誰も「鉄男」と同じなのだと思った。気がついたら自分の身体や精神に何かが浸蝕しているという意味では……。特に「東京フィスト」は、塚本晋也監督作品の中ではいちばん好きな映画。
あとは、佐藤嗣麻子監督の「エコエコアザラク」も挙げておきたい。公開当時は駆け出しアイドル、モデルといったイメージだった、吉野公佳と菅野美穂に切れ切れの演技をさせた監督がスゴイと思う。映像も小気味良い。ただし映画のスケールとしてはちょっとこぢんまりしていた観があった。あと脚本が少し安っぽい感じがする。それでも吉野公佳があまりにはまり役で、かっこいいので続編を楽しみにしていたのに、「エコエコアザラク2」はイマイチだった。最初のこの映画がいちばん良いと思う(その後の映画化は観ていないけど)。

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800 TWO LAP RUNNERS icon(1994)
監督/廣木隆一 出演/松岡俊介、野村祐人、袴田吉彦、有村つぐみ 収録時間/109分 発売元/ジェネオン エンタテインメント 音声仕様/日:ドルビーデジタルモノラル

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東京フィスト icon(1995)
監督・製作・脚本/塚本晋也 音楽/石川忠 出演/塚本晋也、藤井かほり、塚本耕司、竹中直人、田口トモロヲ、六平直政 収録時間/87分 発売元/ゼアリズエンタープライズ 音声仕様/日:ステレオ

エコエコアザラク WIZARD OF DARKNESS

エコエコアザラク WIZARD OF DARKNESS

  • 出版社/メーカー: ビデオメーカー
  • 発売日: 2003/03/28
  • メディア: DVD


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コメント 3

Akane

確かに、夜は静かで暗いですね、ドイツは。明かりも少ないし、ネオンの看板とかもないので、本当に真っ暗ですよね。
by Akane (2005-11-01 13:26) 

にしお

一晩越した料理が変わっているのか、一晩寝た人間が変わっているのか、それとも両方変わっているのかもしれませんね。
by にしお (2005-11-01 21:59) 

hsba

Akaneさん、ごぶさたです。お元気ですか。
ドイツはホントに真っ暗で、人はどうしているんだろうと思っていたら、基本的に夜は出歩かないみたいですね。夜のシュツットガルトでいちばん目立っているのは、駅の屋根の上で光りながらぐるぐる回っているメルセデスベンツのマークですから。

にしおさん、こんにちは。
一晩寝た人間が変わっている……その可能性もありそう。あと、昨日食べた味を忘れているとか……。一晩おいておいしくなるモノもあれば、痛んでしまうモノもあり、夜寝ている間に人知れず熟成と腐敗のせめぎ合いが起こっているのでしょうか。昨夜は平気だった牛乳を今朝飲んだらヨーグルトの味がしていてヤバかったです。
by hsba (2005-11-02 00:09) 

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