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理容室という文化 [買い物/お店]

「ブルータス」のジャイアンツ特集はスゴいね。もう圧巻。これは買いです。ベイスターズファンだけど(涙)。どう考えてもジャイアンツは日本最強のコンテンツだ。

富田昭次著の「東京ヒルトンホテル物語」では、ホテル内の理容室とシューシャインについても一章を設け紹介している。理容室とは「村儀理容室」、シューシャインは源さんこと井上源太郎氏だ。高級ホテルのアーケードには、必ず名門理容室があり、店頭ではレジメンタルストライプのバーバーズポールが回転していた。近年になって、シティホテルのレディスプランみたいな、女性向けのお一人さま宿泊パッケージが注目されるようになったけど、誤解を恐れずに言えば、かつてホテルはジェントルメン文化の聖地だったと思うわけだ。男たちは太陽が沈みかけると、ホテルのバーバーでもう一度ヒゲをあたり、マニキュアを受け、盛装してナイトクラブに繰り出していたのだ。まるで見たように書いているけど、ぼくの世代にはもうそんなナイトライフはなかった。村儀さんから聞いた話の受け売りです。ちなみに理容室のマニキュアは爪の手入れのことで、爪の形を整え、甘皮をカットして磨いてくれる。同様にペディキュアは足の爪のケアのこと。「村儀理容室」は「キャピトル東急ホテル」のお店はホテル閉館とともに閉めてしまったが、「ヒルトン東京」のアーケードで営業中だ。村儀さんの父上は、戦後、マッカーサー最高司令官に刃物を当てることを許された唯一の日本人だった。

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ニューヨーク「シェラトン・カールトンホテル」の名門バーバー「ザ・ピット・ヘアスタイリスト・ショップ」の理容師ミルトン・ピットが82歳で亡くなった時は、「タイム」や「ニューヨークタイムス」が追悼記事を載せた。彼は歴代大統領のヒゲを剃ってきた人物だ。香港の「マンダリンオリエンタル」には、東洋随一のメンズグルーミング・スパ&バーバーがあり、そこへの来店を目的に訪れる者も多いらしい。バーバーのないホテルなんて、恋愛のない人生みたいなものだとぼくは思う。ホテルとグルーミングには切り離すことのできない、ダンスと音楽みたいな関係だと思っていた、のだが、2005年に開業した「マンダリンオリエンタル東京」には、美容室とスパはあるが、な、なんとヒゲを剃る理容室はない(近隣の理容室を紹介される)。「ザ・ペニンシュラ東京」も美容室の「ビュートリアム」しかないので、シェービングやマニキュアの施術は受けられない。「コンラッド東京」もバーバーはないかも。最近オープンしている五つ星ホテルは、スパはあるけどバーバーショップはないんだな。「リッツ・カールトン東京」には、「東京ミッドタウン」の中の「リュードリュクス」で、かろうじてシェービングとマニキュアは受けられる。そういえば「京王プラザホテル」も、知らないうちにバーバーショップがなくなっていた。

頭髪以外に刃物を当てて良いのは理容室で、美容室は髪の毛のカット、パーマ、カラーなど。それぞれの業務内容には違いがある。有平棒と呼ばれるバーバーズポールを掲げているのは理容のお店だ。日本の理容室はどんどん減っている。'05年に厚生労働省が発表した理容所概要では、従業理容師数、理容所数ともに'86年をピークに、'98年以降は減少を続けている。今年2月には、理容学校の入学者数が6割減というニュースも報じられた。巷には理髪とシェービングしかしない店も多いが、手足の爪の手入れからスキンケアまで、グルーミングのフルコースがある本格的な理容室は、老舗ホテルなどにまだ残っている。ぼくは、髪の毛は「+ing」というヘアデザイン&カルチュア誌の仕事で長年お世話になっている「boy U」で切ってもらっているけど、爪の手入れは理容室に行く。理容室文化を絶やしてはいけないと、勝手に思っている。

「建築家吉田五十八」を読んでいたら「米倉理髪店」についての記述があった。

「米倉理髪店」(昭和十年)は、東京の銀座通りに面した店なので、木造ではあるが装飾ゼロの四角いビルである。三階建てでもあり、正面は床屋というよりオフィスビルに見える。しかし。石張りとモルタル塗りの単純な壁面にあけた三つの四角い開口部(ドア一枚分の入り口と一〜二階通しの大きなガラス面と三階の連窓)の位置と大きさが、尋常ならざるデザインセンスを見せつけてくれる。当時流行していた無装飾の単調な国際様式建築に真正面から取り組んだことがうかがわれる。ただし、内部はヨーロッパの民芸調を主体にして、ぬくもりのあるインテリアになっている。(「建築家吉田五十八」砂川幸雄著、晶文社刊)

「米倉理髪店」の資料は「建築世界」昭和11年2月号に掲載されている。

「米倉銀座本店」は、現在は数寄屋橋ショッピングセンタービル2階にあるが、むしろ「ホテルオークラ東京」の地下1階のお店のほうが有名かも知れない。オークラ店には、ノリの効いた白いシャツにボウタイをきりりと締める、三代目の米倉宏さんがいる。遠くからお見かけする姿はとてもダンディだ。「米倉銀座本店」は白州二郎が通った床屋でもある。



建築家吉田五十八

建築家吉田五十八

  • 作者: 砂川 幸雄
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 1992/01
  • メディア: -



東京ヒルトンホテル物語

東京ヒルトンホテル物語

  • 作者: 富田 昭次
  • 出版社/メーカー: オータパブリケイションズ
  • 発売日: 1996/09
  • メディア: 単行本



ここからは英国の話。

1906年イギリスに生まれ、オックスフォードに学んだ歴史家・作家フィリップ・メイソンは、パクス・ブリタニカ後期の紳士文化に育った人物でもあった。メイソンが80年代に著した「英国の紳士」は、英国紳士とは何かを、文学や歴史の逸話から浮き彫りにした名著。これを読むと、「紳士」の定義は曖昧でありながら、その言葉は人々の行動やたしなみを律する、宗教倫理感に近い力を持っていたことが分かる。ちなみに、教会に行かなくなった新教徒の、キリスト教的倫理観の代替であったとも言われている。「だれも『紳士ではない人』という烙印を押されたくなかったし、非常に多くの人は、自分か息子が紳士と見なされることを望んだ」(晶文社刊「英国の紳士」より)。

覇権国家大英帝国の全盛期は、工業化により資本家が隆盛する19世紀半ばと見る者は多い。実はこの時代はメンズグルーミングの黎明期でもあり、今も人気の高い名門理髪店がロンドンでオープンしている。1860年代に「ペンハリガン」の最初のバーバーがピカデリーに、1875年にはメイフェアに「Geo F. トランパー」が店を構えた。さらに遡れば、1805年には名店「トゥルフィット&ヒル」が、18世紀末には、現在は香水で有名な「フローリス」がバーバーショップをセントジェームスにオープンさせている。フローリスの「No.89 Classic Eau de Toilette」は007ジェームズ・ボンド愛用の香りだ。というわけで、ここで挙げた4店は、今日はいずれもフレグランスで高名なんだけど、そのルーツが理容店というのは紳士文化の国イギリスらしい。ちなみにオープンレザーを使う理髪師の殺人鬼スウィーニー・トッドの小説が書かれたのも19世紀半ばのことだ。

グルーミング文化を育んだ歴史的理容店「ペンハリガン」と「トランパー」、「トゥルフィット&ヒル」は、今もバーバーの営業を続け、同店のプロダクツは世界中に愛用者がいる。フレグランス以外ではシェービングアイテムが人気だ。映画「スウィーニー・トッド」に主演したジョニー・デップは「トランパー」で剃刀の訓練を受けたのは有名です。007シリーズの映画でもジェームズ・ボンドが同店を贔屓にしている様子が描かれている。一方「ペンハリガン」は二つのロイヤルアームスを掲げる英国御用達でもある。グルーミングの原点が今も健在なのは嬉しい。



英国の紳士

英国の紳士

  • 作者: フィリップ メイソン
  • 出版社/メーカー: 晶文社
  • 発売日: 1991/11
  • メディア: 単行本




BRUTUS (ブルータス) 2009年 7/15号 [雑誌]

BRUTUS (ブルータス) 2009年 7/15号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: マガジンハウス
  • 発売日: 2009/07/01
  • メディア: 雑誌



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