ラブホテルとベッドについて [その他]
「Go to bed」には二つの意味がある。
「今日はホテルに泊まろう」も二つの意味がある。
いずれも片方の意味は、“眠らない”。
眠らないベッドとホテル。本来の役目に相反する
ベッドとホテルの機能の上に構築された空間。
かつてはラブホテル、現在はレジャーホテルと呼ばれている。
その空間の今を訪ねる。
http://blog.so-net.ne.jp/hashiba-in-stuttgart/2006-06-22
この原稿の完全版は、今井智己さんが撮影した“湿度ゼロ”のウルトラクールなラブホテルの写真とともに「エスクァイア日本版」7月号の特集「ようこそ眠りの王国へ。」に掲載されています(Weblogの写真は橋場のスナップショットです)。
Esquire (エスクァイア) 日本版 2007年 07月号 [雑誌]
- 作者:
- 出版社/メーカー: エスクァイア マガジン ジャパン
- 発売日: 2007/05/24
- メディア: 雑誌
今井智己さんのサイト http://sky.zero.ad.jp/tomoky/
ベッド=BEDという単語は、それを象徴する言葉の頭文字でできている。BはBirth、EはEat、そしてDはDreamではなくてDeath。つまりベッドとは誕生・食・死を意味している(『現代思想91年4月号』伴田良輔「ベッドについての断想」より)。“食”があるのを不可解に思うかも知れないが、過去、寝台は食事の場でもあり、建築史家バーナード・ルドルフスキーの著書『さあ横になって食べよう』(鹿島出版会)のタイトルはそのかつての生活様式に因んだものだ。残りの“誕生”と“死”は、ベッドを舞台とするさまざまな行為の意を孕んでいる。おそらく死は眠りの暗喩でもある。そして生と死、そのいずれにも関係があるベッド上の営みは、紳士の雑誌ではあえて書くまでもないだろう。たぶんあなたの想像通りだ。
今日、ベッドとは一般に「寝る場所」と捉えられている。シティホテルのベッドには、眠る目的以外の機能が備わってはいけない暗黙の了解があるそうだ。つまりベッドが動いたり回ったりしてはいけない。しかし、周知の通りその手のベッドも存在していて、リビアのカダフィ大佐も日本から“回るベッド”を購入していた。米軍に空爆された官邸の報道映像に回転ベッドが映っていたのは有名な話だ。通称風営法の対象となる店舗型性風俗特殊営業に「専ら異性を同伴する客の宿泊(休憩を含む)の用に供する政令で定める施設(政令で定める構造又は設備を有する個室を設けるものに限る。)を設け、当該施設を当該宿泊に利用させる営業」という業態がある。回転するベッドはこの法令における「政令で定める構造又は設備」であり、いたずらに室内に鏡が多いことも同様に解釈される場合がある。この“業態”とは言うまでもなく“ラブホテル”。ただし種々の規制で、現在東京都内で風営法対象のラブホテルは数えるほどしかない。ラブホテルと呼ばれる施設でも旅館業法下での営業が中心で、回転ベッドも鏡張り天井も残念ながら今や失われた様式なのだ。そして近年では“レジャーホテル”と称する例が多い。
http://www.hotelgeihinkan.com/
回転してもしなくても、前述のB E Dの3文字が象徴するようにベッドは眠るだけの場所ではなかった。では何がベッドを単なる睡眠用具に押し込めてしまったのか。誤解を恐れずに言えば、モダンライフとは“住宅の生活純化”であった。産業革命以後、住居に同居していた複合的な機能を空間的に分離独立させる過程で“住宅”は純化されていく。家業は分離され独立店舗に、仕事は集約化されオフィスになり、住む以外の機能を外に出すことで“住むための建築=住宅”が誕生したのだ。日本の近代住宅はさらに過激に合理化と機能純化を推し進めた観がある。例えば眠るベッドを置くだけの単身者向け狭小居室は、欧米からウサギ小屋と揶揄された。一方、家族が暮らす住宅でも、親子が川の字で寝る寝室を家族の幸せとして描き出し、“健やかな眠り”以外の目的のベッドは分離独立、住宅(寝室)の外に追いやられてしまう。その“眠らないベッド”の周りに再構築された場が、今日のレジャーホテルの原点と言える。
日本で最初に積極的にベッドを購入したのは娼家のおやじだったと、前述のルドルフスキーは『キモノ・マインド』(SD選書)に書いている。ベッドは西洋的快楽を得るための特別な装置として日本に導入されたのである。ベッドに横たわることが非日常的空間を体験することでもあった。高度成長期の「目黒エンペラー」に代表される、過剰な欧風の非日常的演出も、西洋寝台の延長上に見ることができるだろう。
やがてベッドが非日常から日常の道具化すると、レジャーホテルは疑似欧風から“ファッショナブルなシティホテル”を指向する時代を迎える。しかしその行方に懐疑的なデザイナーもいた。西新宿の高層ホテルはクリスマスは満室だが、奇特な旅行客で満室なのではない。実はシティホテルこそレジャーホテルの競合相手なのだ。レジャーホテル企画設計の第一人者として業界で広く知られる、KOGA設計代表の古賀氏は、シティホテルを真似るのではなく、差別化のためにエンターテインメント設備をどん欲に採り込む道を選ぶ。カラオケ、ドライ&ミストサウナ、気泡浴槽、大画面TV、5chスピーカー……。ベッドさえあれば事足りた空間は、眠らないベッドを中心とした娯楽空間に姿を変えた。これが現在のレジャーホテルの基本スタイルである。客室回転数がシティホテルの3倍強のレジャーホテルは、一部屋にかけられる予算も大きい。そこにさまざまな最新テクノロジーが惜しげもなく注ぎ込まれてきたのだ。
「アジアのある超ラグジュアリーホテルでは、浴室に液晶TVが組み込まれていました。その収まりのディテールは、自分が過去に手掛けたレジャーホテルとまったく同じものです」。
液晶TVを浴室壁面に組み込む際、防水と放熱が課題となる。大手ゼネコンは体裁上レジャーホテルの施工は請けないが、レジャーホテルで培われた技術は、高級ホテルや住宅にスピンアウトされていく。レジャーホテルは新技術のショーケースなのだ。
さらに、住宅業界が注目するホームオートメーション(HA)システムをアレンジし、いち早くホテルに導入したのも古賀氏だった。アメリカのHAデバイスを応用し、液晶タッチパネル付きのPDA状リモコンで、TV、照明の調光、カーテンなどをコントロールするシステムだ。同じリモコンで食事の注文からタクシー配車までベッド上から手配できる。レジャーホテルではベッドで過ごす時間が長い。しかも眠らない。ベッド上で何でもできることが理想なのだと古賀氏は言う。
http://www.koga-arc.co.jp/
http://www.ej-net.co.jp/hotel-nox/info.html
住宅に留まったベッドは、都市生活者の安眠のために進化し続けている。一方、寝室から追放されたベッドも、周辺の空間とともに見事な進化を遂げていた。体を清潔にすることとお風呂に入ることが同じではないように、“栄養補給”とガールフレンドとの食事が同じことではないように、“睡眠”と“ベッドに入ること”も同じではない。眠らないベッドの使い方を間違えてはいけない。ただし睡眠不足にならない程度に。
Satellite of LOVE―ラブホテル・消えゆく愛の空間学
- 作者:
- 出版社/メーカー: アスペクト
- 発売日: 2001/03
- メディア: ペーパーバック
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