今日も日が暮れる

ここのところ、ずっと部屋で仕事をしている。そうすると運動不足が不安になるのだが、動いていると仕事ができないので仕方なくPCに向かっている。もう冬も近いはずなのに、ぼくの部屋は午前中には真夏の午後ような陽が差し込む。だから日射しが建物の裏手に逃げる午後までは窓を開けて、心地良い風に吹かれて仕事ができる。部屋干しの洗濯物もすぐに乾く。窓を開けていると外の様子も伝わってくるので、一人でいる感じがしない。ベランダの塀の向こうは一方通行の車道があり、午前中と夕方は宅配便や運送会社のトラックが止まり、窓を開けていると荷捌きしている声が聞こえてくる。お昼頃にはランチタイムのビジネスマンが行き来して、午後2時を過ぎると風が冷たくなり、窓を閉めるとあっと言う間に夕方になって、気がつくと「夕焼け小焼け」の16時30分のチャイムが鳴っている。この時間になって、一日外に出ていないことに気づき、気紛らわしに散歩に出かけることが多い。ついでに食材などを買い求める。そして部屋に戻る頃にはすっかり夜になっている。遠くで波のように寄せ返す彼岸ネコの長広舌。時々、犬の鳴き声。

こどもが帰った後からは、まるい大きなお月さま
小鳥が夢を見るころは、空にはきらきら金の星

昔の童謡は大らかで耳にも心にも気持ち良い。映画「まあだだよ」の内田百間は小学唱歌「月」を歌いながら、学校唱歌はアンリ・ルソーの絵のようだと評していた。日が暮れて通りの街灯が灯り、小鳥はもう眠っているようだけど、見上げると残念ながら満月ではない。こういう月を弓張月と呼ぶのかな。

ガリガリに痩せていたカラスネコが、まるまると大きくなっていた。

キッチンの冷蔵庫置き場の壁には通気口があり、ここから光ケーブルを引き込んでいるのでいつも半分くらい開いている。冷蔵庫の上には電子レンジが置いてある。昨日、掃除の途中、冷蔵庫の扉を拭いていて、電子レンジの汚れも気になり、踏み台に乗り天板を覗いてみた。すると、ちょうど通気口の辺りを中心に真っ黒に汚れている。本当に真っ黒。驚いて布巾で拭いてみたけど、コールタールのような油汚れは広がるばかりでぜんぜん落ちない。洗剤をつけてごしごし洗いやっときれいになったものの、布巾は真っ黒で捨てるしかなかった。この頑固な油汚れは何だろう。たぶんトラックの排気ガスの汚れではないかと思う。100mほど離れた山手通りは高速道路の工事中が続き、それで何となく埃りっぽいことも原因かも知れない。そう考えると気になって、窓を開けることができなくなってしまう。

18歳の春（正確には17歳）、大学受験のため上京した時、東京の街で白いセーターを着て1日過ごすと、夕方には全体的に黒ずんでいるのに驚いたことがある。北海道の田舎町ではこんなことはなかった。これからぼくは、この空気を吸って暮らさなければならないのかと、暗鬱とした気分になったことを思い出す。今ではすっかり馴れてしまったけど、電子レンジの汚れを見て改めて、都市の空気は汚れているのだと知った。たくさんのクルマが往来する街はどこも同じようなものだと思う。モータリゼーションの負の部分はあまり喧伝されることはないけど、それは日本経済の屋台骨を支えているのが自動車産業だからだろうか。それでもみんな普通に生きているのだから、体への実害は少ないのだろうか。大きなロケバスが少し先に二台止まり、テレビか映画の撮影が始まるみたいだ。一休みしてベランダでコーヒーを飲んでいると携帯電話が鳴った。それでまた仕事に戻り、今日も夜になってしまう。

少し寒気がするので生姜湯をつくろうと思う。生姜をスライスして鍋に入れたところで、このまま夕食にしてしまおうと思い立ち、沸騰する前に鍋に焼きあごと昆布を入れて出汁をとり、豆腐半丁を出汁に浸してしばらくとろ火に掛ける。豆腐が温まったところで器にとって、冷凍した刻み青ネギをのせて食べた。これが今夜の夕食。今日はなぜか食欲がない。考えてみると昼も食べていなかった……と思っていたら、今夜は会食の約束があったことに気づく。お店では何も食べられないな。ひょっとして風邪を引いたのだろうか。その気配だけで憂鬱になる。でもしばらくはキャンセルできない予定が続くので寝てはいられない。ドイツからメールが届く。来週はドイツ出張だ。今日は早く帰って寝よう。鉢植えのラベンダーがまた紫色の花を咲かせている。