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60年代ドイツ・モータースポーツの忘れ形見。 [ドイツ/シュツットガルト]


「グレムセック」という記憶の玉手箱。伝説の糸口。

ミラノから帰ってきた。ミラノではまた阿部雅世さんにお世話になりました。LIMA駅近くの韓国料理と中国料理は本当にウマかった。ミラノで暮らす人が羨ましい。でも阿部さんは間もなくベルリンに転居してしまう。「デザインの現場」2005年8月号で、阿部さんのワークショップで紹介されている。8ページを割いた小特集だが、それでもコンパクトにぴしっとまとまっている印象だ。取材は川上典李子さん。ざっと読むだけでもかなり面白い。ワークショップに参加している学生はその何倍も面白いに違いない。
今回はネットで最安値のホテルを探し、二軒のホテルを泊まり渡ったけど、どちらも朝食のオレンジジュースが超マズかった。砂糖水で薄めたオレンジシロップのような味。例えるならソ連の味だ。安ホテルだったからだろうか。どちらもオレンジジュース以外は十分満足できるホテルだったけれど。
ミラノではトラム車庫を改装した写真美術館「FORMA」(http://www.formafoto.it)で、ヴェネチア生まれの写真家ジャンニ・ベレンゴ・ガルディン Gianni Berengo Gardinの素晴らしい写真展を見た。これも阿部さんの紹介だ。

ミラノからの帰路は中央駅発のインターシティを利用。途中下車をするつもりだったけど、チューリヒを過ぎるとあっという間にシュツットガルトに到着してしまい、残念ながら結局そのまま帰宅することに。部屋に戻ると午後10時。ホテルの冷蔵庫にリンゴを入れっぱなしだったことに気づく。

そして今日午後、いつもの路線バスに乗り、グレムセック Glemseckに出かけた。
前回の記事で紹介させてもらった福田さんのブログにあったソリチュードリンクの『グレムセックコーナー」の記述と、そのコース脇にあるホテルの記事を読んで、そこが今どうなっているのか見てみたいと思ったからだ。地図を広げ、昔のサーキットリンクの配置図と見比べてみると、ソリチュードを通る路線バスはグレムセック・ホテルのすぐ近くに停車することが分かった。グレムセックはシュツットガルト市内ではなくて、隣町のレオンベルクに位置している。いつもと反対方向のバスに乗れば、グレムセックまで簡単に行くことができる。さらに、ぼくがいつも利用する92番のバスは、一部、旧ソリチュードリンクの道路を走っていることも分かった。

グレムセックは小さな丘の間に開けた平地にあるのどかなピクニック場のようなところだ。近くには小川が流れ、芝生があり、子ども用の遊具が置かれた小さな公園と夏のビアガーデンがある。バスを下りてホテルの駐車場のサインを目印に旧「グレムセックコーナー」に向かう。バス停からわずかに1分。角を曲がると、目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。

小型のハーフティンバー建築「HOTEL-RESTAURANT GLEMSECK」の前には無数の大型モーターバイクとスポーツカーが並び、革ジャンやレーシングスーツの人々がガードレールに鈴なりになっていた。彼らは次々とバイクやクルマをスタートさせて、グレムセックコーナーの先の山道に消え、やがて一周してこの場所に戻ってくることを繰り返しているのだ。とにかくすごい人出で圧倒される。ホテルのテラスで食事を注文して、サービス係に「今日は何か特別の日ですか」と聞くと「日曜日は毎週こんな感じです」という答え。「ここはもともと有名なサーキットリンクの一部ですから」と説明してくれた。先日、ソリチュードリンクの名残はまったく見当たらない、といったことを記事に書いてしまったが、グレムセックは今も、シュツットガルトでモータースポーツとバイクを愛する人々の聖地だったのだ。中には、60年代のメルセデスのスポーツカーやブガッティ、コブラなどのヴィンテージカーで駆けつけるオールドタイマーたちもいた。80歳過ぎと思われる年輩の男性もいる。そんなわけでホテルの前は排気ガスとガソリンの匂いがまんべんなく漂っているが、誰も気にすることなく豪快にビールを飲んでいた。

ぼくは南ドイツの代表料理マウルタッシェン入りのオムレツを食べて、ヴァイスヘルプスを飲んだ。南ドイツでは夏にヴァイスヘルプス Weissherbstと呼ばれるロゼのようなワインを冷やして飲む。実際にはロゼとは違い、一種類のブドウでつくり、途中で皮を取り出すため透明に近いロゼ色が残るのだそうだ。爽やかな飲み口で、かすかに発泡しているものもある。グレムセック・ホテルの食事はまずくはないけど、想像通りボリュームが半端ではなく少々苦戦した。

食事を終えるとホテルの人がソリチュードリンクの資料をまとめた豪華本「Die Solitude-Rennen」を持ってきてくれた。ソリチュード宮殿は20世紀初頭から70年代まで、シュツットガルトのモータースポーツのシンボルだったことが分かる。ドイツ語なので不明部分のほうが圧倒的に多いけど、読み進めるとソリチュード宮殿の中をコースが通っていたのは初期のリンクで、戦後の新コースは宮殿の近くは通らずに、レオンベルク・サイドで完結していることを知った。それでも名称は「ソリチュード」をそのまま継続。福田さんのブログにあったホンダチームはこの新しいコースを走っていたのだ。年表を見ると確かに1960年に初めてHONDAの名前が登場する。250ccクラスで田中健二郎が3位表彰台、高橋国光が6位、佐藤幸男が7位とある。1962年にはSUZUKIとYAMAHAも揃い、日本のバイクが上位を独占するようになった。しかし逆に日本人レーサーの名前はどんどん少なくなる。62年に田中が再び3位になり、それ以降はHONDAは外国人レーサーが中心に。他社では64年に50ccクラスでSUZUKIのMitsuo Itoが3位、65年は同じく50ccクラスの4位にToshio Fujiiの名前があった。同じくSUZUKI。
エンジン音とガソリンの匂いのテラスで、ぼくが生まれた頃に何人もの日本人たちが相当の覚悟で未知の町を訪れ、どんな想いでこの風景に佇んでいたのだろう。

帰りにホテルの手洗いを借りるためロビーを横切ると、ガラスの陳列棚に無造作にいくつもの資料が詰め込まれていた。一部が棚が壊れて本の山が崩れている。SUZUKIと刺繍された小さなペナントや何枚もの写真とオトグラフ、ベネトン時代のミハエル・シューマッハーのものもあった。きっとここを訪れたのだろう。フロントにはカーテンが掛けられ、キーボックスは空。ひょっとしてホテルは廃業したのだろうか。

青いスポーツカー、ブガッティT43が走り去ったのを見てから、夕暮れ前にグレムセックを出て、再びバスに乗って終点に向かう。グレムセックのバス停を通過してしばらくは新ソリチュードリンクのコースだった道をバスは走る。そして終点から、電車、バスを乗り継ぎソリチュードに帰ってきた。気持ちの良い小旅行だった。そしてこの旅を導いてくれたのは、他でもない、福田さんが書いたブログだ。残念ながら福田さんの「眼」の代わりにはなれないけど、眼鏡を貸していただいた気分です。ありがとうございました。

追記&NEWS:
ミラノで阿部さんからスイスのデザイナー、フレデリック・デデレィー Frédéric Dedelleyが手掛けた教会の改装プロジェクトが新聞に載っていると教えてもらい、その切り抜きをいただいた。これが日本人好みのなかなか素敵なプロジェクトで、ぜひ日本に紹介したいと思っていた矢先のこと。今日、フレデリックから、9月26日から10月3日まで日本に行くというメールが届いた。スイスデザインの展覧会「Small & Beautiful」のオープニングに合わせての来日。フレデリックとは昨年来日した際に、ぼくの新宿の狭いアパートで友人と一緒に食事をしたことがあった。彼はプロダクトとインテリアのデザイナーだ。また、みんなに会いたいと書いてあった。残念ながらぼくは東京にいないけど、「会いたい」心当たりのある方や会ってみたい方は、橋場まで連絡ください。
フレデリックのウェブサイト http://www.fdedelley.ch/

「Small & Beautiful」については、以下のサイトを参照。
http://www.dynamic-switzerland.ch/jpn/index.php?option=com_events&task=view_month&year=2005&month=10&day=02&Itemid=45

元ソリチュードのフェローだったパキスタンの美術作家Ayaz Jokhioも先月末に日本に着いた。彼はARCUSプロジェクトの招聘作家として12月24日まで茨城県守谷市のアーティストインレジデンスに滞在し、制作活動を行う予定。http://www.arcus-project.com/


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福田昭彦

感激です。
あまりのことに言葉もありません。
昨日トラックバックを頂いていたのには気付いていたのですが、どんな言葉でお返しすれば良いのか分からず、ブログを前にしてフリーズしていました。
今日は少し平静に戻りましたので、トラックバックでお返しします。
by 福田昭彦 (2005-09-07 01:36) 

hsba

福田さん、ありがとうございます。ぼくも言葉がありません。ブログを書いていて本当に良かったと思いました。記事にも書きましたが、驚いたことにグレムセック・ホテルは未だにモータースポーツファンの聖地でした。何台ものモーターバイクを前に老若男女、誰もが本当に楽しそうで、こちらの気分も盛り上がります。路線バスが元コース上を走っているのも不思議な感じです。ここにはまた行こうと思っています。何かご要望があれば連絡ください。
by hsba (2005-09-07 08:42) 

福田昭彦

こんばんは、はしばさん、お言葉に甘えて、図々しくもお願いに上がりました。
下のトラックバック先をご覧いただければ幸甚です。
by 福田昭彦 (2005-09-10 02:08) 

いとうちおり

さっそく「デザインの現場」読みました。
刺激的なワークショップの様子を読みながら、ミラノでお目にかかった時の、阿部さんの「言葉の豊かさ」の印象が鮮やかに蘇りました。
デザインや物や人に向き合う真剣さと情熱と厳しさには、身が引き締まる思いがします。
阿部さんがよくおっしゃる「研究」の意味もよくわかりました。ほんとに研究なんですね〜。
面白かったです!
by いとうちおり (2005-09-10 12:56) 

hsba

福田さん、こちらの手違いのためか、福田さんのブログの記事にコメントの書き込みができませんでした。その代わりゲストブックのほうにメモを残しました。そちらのブログにあった写真は間違いなくグレムセックホテルのロビーから撮影したものです。また出かけてみようと思っています。

いとうさん、おばんです。ワークショップの記事、面白いですよねー。そのうち札幌でも開催すればいいのにと思っています。あと、この前気づいたのですが、札幌とベルリンってなんだか雰囲気がよく似ていました。自由さ、若さ、まだ開発途上の感じとか、失業者が多くても、そんなにギスギスしていないところとか(いずれも良い意味で)。札幌の良さをドイツで再確認した感じです。そんな札幌で仕事ができて羨ましいです。
by hsba (2005-09-11 07:59) 

福田昭彦

はしばさん、ありがとうございます。
これでグレムセックが1960年にソリチュードを訪れた、ホンダチームの寄宿舎だったのだ、と自信を持って断言できそうです。
ボキャブラリーが少なくて、同じセリフを繰り返すことしか出来ないのが残念ですが、本当にこんなことがあるのだなあ、としみじみ考えてしまいます。
今回のいきさつをまとめるだけでも、ブログに一本連載記事が書けそうなドラマになっているのではないでしょうか。
げに縁は異なもの、ですね。
もう一本、このグレムセックに関する記事を書きましたので、これもトラックバックさせて頂きます。
よろしければご覧になって下さい。
by 福田昭彦 (2005-09-11 09:22) 

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